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映画の宣伝文句には、幾度となく泣かされてきたが、今回もものの見事に欺かれた。 考えてみれば、ラース・フォン・トリアーが本格的にSFを撮るわけがない。欺かれた自分を悔いるが、それにしても「壮大なストーリー」というのは如何なものであろう? 私から言わせれば、全くSFでもなく、ストーリーは殆ど「無い」と言って良いと思う。 それに、2部形式で女主人公2人の名を冠しているが、この2人がまた何とも感情移入のし難い、むしろイヤなタイプの女性である。2人とも思い込みの激しいという共通点があり、ジャスティンはそれに加えて自己中心的なわがままし放題、クレアは暗くて変に貧乏臭い。 ともかく、上記の2部形式というのは、いたたまれない雰囲気の豪華な結婚式と、惑星衝突へ向けての静寂な恐怖・・の2つと見ることもでき、この関係性が殆ど理解外であるばかりか、結局何を言いたいのかも不明だ。というより、製作側も解っていないのではないかと思う。 特に笑ってしまったのは、惑星衝突に際して、ジャスティンが「生きているものは地球にしかおらず邪悪だ」などと神の如くの仰せを述べたり、ジョンが望遠鏡を覗いただけでカリスマ天才天文学者の如く衝突を悟る・・などという、もはや喜劇の世界だとしか思えない状況を大真面目に押し付けられるところだ。 また、何とかの一つ覚えのように、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」前奏曲が流されるが、本来この楽劇は恋愛悲劇であるので、終末的な恐怖を描いたものではない。何か雰囲気だけて選曲された感じがする。 まあ、惑星「メランコリア」を監督自身が体験した「うつ病」の具体表現と捉えれば、それなりに理性を感じるところもあるのだが、それにしても宣伝は正しくお願いしたいと思った1本であった。
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