
星ゆたか

Ora, Ora Be Goin′ Alone
Avg 3.0
2022.6.2 タイトルは「おらはおらで、独りで生きていく」の意。 小説の書き出しは「あいやぁ、おらのあだまこのごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが どうすっぺぇ、この先ひとりで、なんじょにすべがぁ」。 55歳で夫を亡くしたあと、主婦業のかたわら執筆し63歳で作家デビュー、芥川賞等受賞した若竹千佐子さんの小説の映画化。 監督は1977年埼玉県出身の沖田修一さん。同監督の「横道世之介」(2013年)はレビュー書かせてもらった。 主演は田中裕子さん。私的には、TVドラマ・橋田壽賀子さんの「おしん」や、向田邦子さんのかつて正月恒例・昭和郷愁ドラマ(小林薫さん共演、小林亜星さんの音楽、黒柳徹子さんのナレーション)が忘れられない。その主人公、日高桃子役の若い頃を、蒼井優さん、夫役は東出昌大さん(スキャンダルイメージで損してる)がそれぞれ魅力的に演じている。 物語は1964年・東京オリンピックの年に岩手県遠野の実家から、婚姻の当日、“自由”を理由に逃げるように上京してきたヒロインの話。しかしこの実家暮らしの様子が描かれてないので、何故逃げ出してきたのか説得力がない。 住み込みの務め先食堂で、客として接していた同じ東北出身の男性と“本当の愛”を感じ結婚した。 二人の子供を育て上げ40数年、やっと夫婦水入らずの老後を楽しみにしていた矢先、夫に先ただれ寂しい75歳の毎日の独り暮らし。 ここでも子育ての時期の描写がないので(特に育て上げる兄妹の大人付近の一番大変な時期)現在の主人公の気持ちに今一つ寄り添えない。 つまりこの映画は主人公の故郷の多感な娘時代と、中年期の描写をはしょり過ぎて、誰しもにもある老年期だけ、寂しい寂しいとするからその世代には理解できるかもしれないが、想像するしかない人達にとっては、飛び過ぎている印象になったのではなかろうか。 老境の現在は、楽しみの古代人類起源の歴史の本を借りに図書館(ノートに46億光年の地球の進化について書き上げているのは共感できる)や、近くのクリニックに定期的に薬をもらいに通う日々。(医師の“変わりはありませんか。はいそれではお薬だしておきますね”が口癖になっているのは可笑しい) いわゆる「5分診療」といわれ、診療報酬制度により、30分までは貰える報酬は同じ。多くの患者を視なければ経営が成り立たない。 図書館窓口の女性の大正琴や趣味のお誘いにも乗り気になれない。 ただ庭や室内にもたくさんの植物があるので、本当はこれらの世話も日常の仕事、生きがいの一つなのだが、背景として添えられているだけなのは、園芸好きな人間にはチョイと淋しい。 そして少し前には、娘と違いまったく会いに帰ってこない息子のために、オレオレ詐欺に引っ掛かり250万円もの大金を失ったことがあるらしい。子供の新しい塾通いのための資金がりにきた娘に嫌みを言われる。そしてその詐欺にあった経験は、途中車のレンタルリースの営業の青年と商談中、その手の電話がかかってきて、とっさにその青年を息子に仕立て上げ、なに食わぬ顔をするのだが。 後々娘のこの時の来訪の際に、詐欺にあった真相を観客は知らされ、あぁあの場面の含みを秘めた芝居の意味はそうだったのか!を知る。 そして原作ではその成人した息子との関係を象徴する言葉。『母さん、俺にのし掛からないで』という実話のクダリがあるそうで、その辺の近過去も取り組めば、オレオレ詐欺に掛かる要素も更に活きたか。 夫から娘や息子からの卒業宣言物語。 になり得たのに、惜しい!。 そんなある日、独りごとを呟いている内に、故郷の言葉で“返す”三人の《寂しさ》の男達が彼女の周りに表れては消えてゆくようになった。掛かり付けの医師に、これは痴呆の症状かしらと聞きかけるが‥‥。 これは原作者の言葉によると。 『人間は心の中に“大勢の自分”を内包していて、合議制で生きている』と。 三人の《寂しさ》を可視化し、かつエンタティメントの遊び感覚を大事にしようと務めたのが演出意図。 グリム童話『白雪姫』の“七人の小人”のイメージだそう。 感想としては、この三人の《寂しさ》の容姿を、性別・年齢・体型などを変えても面白かったのでは? 老婦の心のなかは、ただ同じ服装の均一的な、故郷の言葉を話す姿ばかりではないと思う。 ただ他のさまざまな“ショータイム”に登場してくるシュールな幻想場面は楽しめた。ふすまが開くと別世界があるなんて楽しい。 そして物語の意図。 人が歳を重ねて子供に返っていくのと同じように、人は若い頃に慣れ親しんだ言葉に戻っていく。 主人公の孫が母親から亡き祖父が、いつも天国から『なぶってくれている』(守ってくれている)と言われていると。 続く孫の方言言葉にも、思わずニンマリ、それを聞き主人公はスッカリ嬉しくなる。 自分の命が先祖代々、後生へ未来へと繋がっている意味の感動が、最後に明るく前向きで陽気な笑顔を主人公に迎えさせた。