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ウェストコーストジャズの名トランペッター・チェット・ベイカーが、絶頂期を終えた後、自分自身の弱さに苛まれつつも音楽を取り戻そうとするさまと、彼の愛の形を描く映画です。前半、色々と脆いチェットが、それでもどうしようもなく音楽に魅入られてるさまが、もうちょっと強く描かれてても良かった気が(バスタブで血を吐きながらペットを吹くシーンは良かったけれど)。 それでも、イーサン・ホークが歌うシーンふたつで僕は落涙。ひとつは中盤のセッションでの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。予告編で観た時は「コレジャナイ」感があったのだけれど、本編では全く問題がないどころか、曲を通じて愛を語るチェットの姿にトリハダが立ち、不意に涙。このシーンから映画が急に輝きを増した気が。 もうひとつは、ラストの「恋はしたことがない」。中盤でも恋人に口ずさむ曲だけど、ラストのそれは、意味合いがまるで違うんです。ある選択を迫られたチェットが、こんな風にしか生きられないんだ、っていう彼の性(さが)ゆえの哀しみを、曲を通じて語ります。終始イーサン・ホークの入れ込んだ演技は、その佇まいだけでも観客を彼の側に立たせるのだけれど、それがピークに達するこのシーンの凄さ!("凄さ"って書いちゃうとなんか陳腐だけど、ホントに凄いと思う)。このラストシーンで、この映画はラブストーリーの枠を少しはみ出したように思います。その塩梅が絶妙で、僕はこの映画が好きになりました。色んな意味でどーしようもない人だけど、映画の眼差しはあくまでも優しい。 ヒロインの演技もいいし、撮影も特に屋内シーンの雰囲気がとても良いですよ。 チェット・ベイカーのアルバムなら「チェット」がお気に入り。ボーカルなら名盤「シングス」。んー、でも、モダンジャズは大好物ですが、ウェストコーストジャズの陽気さはちょっと苦手なんすよね。とは言え、今作では、そのウェストコーストジャズの明るさが作り出す、濃いブルーの影を描いてるようでもありました。
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