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dreamer

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4 years ago

4.0


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Tokyo Olympiad

Movies ・ 1965

Avg 3.5

この市川崑が総監督をした「東京オリンピック」は、言うまでもなく1964年10月10日に開幕した、日本国民の宿願とも言うべき東京オリンピックの記録映画で、公開当時、1,000万人の観客を動員したという一大国民映画ともなった作品です。 だが、この映画の試写を観た、当時の河野一郎オリンピック担当大臣が、大いに不満を漏らし「記録か芸術か」の大論争を巻き起こしたいわく付きの映画ともなったのです。 確かに、記録映画として観た場合、砲丸を投げる選手の姿が1カットずつ何人も続いて映され、次に砲丸が落ちる様子が数カット挿入され、最後に表彰台の選手が映される、という構成は「何だこれ?」と思わせられる。 しかし、映画として観た場合、こんなに面白い記録映画は滅多になく、何度観ても興奮させられる。 まず、映画に登場する人間の顔の表情の多彩さ。望遠レンズが多用され、選手の顔もクローズ・アップされるため、テレビのオリンピック放送では普通見られない顔を見ることができる。 加えて、競技を見る観客の顔。どれも皆、撮られていることを気づかないので、新鮮な表情だ。特に、日本人の顔を見ると誰もが野暮ったく見え、50年余りの間に日本人は、顔まで変貌させたのかと驚いてしまう。 そして、映画の中盤において、映画は競技の記録を中断し、わずか3人の選手団で参加した、チャドの1選手を捉えるのだ。カメラは、彼の来日から、選手村での日常、開会式での彼の行進、そしてレースの模様を追っていく------。 レースはとても良い結果とは言えないが、レースが終わって食堂で食事をする彼の姿に被せて「彼は満足そうに見える」という意味のナレーションが入る。 競技の勝負の結果はどうでもいい、というこの映画のテーマに関わる部分であるが、それだけではない。ここでは、チャドの選手を追いながら、選手村での他の選手の日常をも併せて捉えており、競技以外の部分でのオリンピックの姿が見渡せるシークエンスともなっていて、市川崑総監督の語り口のうまさが実に見事に光っていると思う。 また、この映画は映像そのものの美しさも絶品だ。全てのショットは、画面にきれいに収まっているし、どの画面もグラフィックなまでに整理されており、「絵コンテ通り撮ろうと思った」と市川崑総監督が自ら語ったように、どのショットも、まるで彼が付き添って指示したように見える。 例えば、相模湖のカヌーのシーンは詩人の谷川俊太郎の演出、名手・宮川一夫の撮影なのだが、選手はシルエットしか見えず、まるで実験映画のようで、これらも含めて、映画の全編を通して、とても美しく、しかも市川崑的な絵になっていると思う。