Comment
ゆうたま

ゆうたま

7 years ago

1.5


content

Toy Story 4

Movies ・ 2019

Avg 3.5

トイストーリーシリーズは大好きで、劇場で観るのは本作が初めて。極力事前情報なしで劇場へ行きました。…が、この結末は確かに賛否分かれますね。とにかくウッディ好きな人は絶対に胸が苦しくなる脚本。思ったままを書くので支離滅裂なレビューになるかもしれませんが、もやもやするのでここに吐き出します。 「続編は作らない方がよかった」「3でやめておけばよかったのに」などの感想が出るのは人気作とみれば次々に続編が制作される洋画あるあるですし、ただの蛇足的な作品ならまだ良かった。しかし本作はこれまで1~3で丁寧に描いてきたものを根底から覆してしまっているので、3での感動的かつ完璧過ぎるラストに感動出来なくなってしまいます。この罪は重い。私は続編と聞いた時に素直に喜べないほど3がシリーズ中一番好きで、すべての映画の中でも上位に入るほどお気に入りの映画です。そういった方、多いのでは?私と同じような方がいらしたら、4は観ない方がいいと勧めたいくらいです。 具体的に言うと、アンディからおもちゃを託されたボニー。彼女は男の子用のおもちゃも女の子用のおもちゃも分け隔てなく平等に遊んであげられる心優しい女の子でした。だからこそ、アンディは一度譲るのを躊躇いながらも「この子なら大丈夫だ」と信じて大事なともだち=ウッディをボニーに託したのです。ところがですよ。本作のボニーはアンディと交わした約束なんてどこへやら。ウッディはないがしろにされ、クローゼットでほこりを被ってしまっている。それも、特に何の理由も明示されずに!この点が全く理解出来なかった。ボニーが成長するにつれて男の子用のおもちゃで遊ぶのが恥ずかしくなったとか、古臭いカウボーイのおもちゃを友達にからかわれたとか、何か明確な理由があるならまだしも。なぜかウッディだけがのけ者扱い。ベッドの下に落ちていたウッディの顔をボニーのパパが気付かずに踏み付けるシーンなんか、制作側は笑いどころのつもりかもしれないけど観ていて心が痛くなりました。なんで?ボニーはおもちゃを平等に愛せる子じゃなかったの?「私のカウボーイだ」って言ってた頃のボニーが恋しいです。小さい子供なんて約束もすぐに破るしおもちゃにだってすぐ飽きる、と言ってしまえばそれまでですがあまりにひどい。フォーキーフォーキー言っててウッディがいない事にすら気付かないし、まるで別人みたいです。俺に出来る事はこれしかない、ってボロボロになりながらフォーキーのお守りをして、追い詰められていくウッディなんて見たくなかったな。あのラストに繋げる為に、設定を強引に捻じ曲げたようにしか思えない。 そしてここでも疑問。自分はゴミだと言って聞かないフォーキーのお世話、なんでウッディ一人だけにやらせるの?バズは代わろうかって声掛けてたけど…いくらウッディが俺の仕事だから手伝いはいらない!って言ったにしても、他のみんなは見て見ぬフリなの? 相棒バズも本作での活躍・見どころはそれほどなく、むしろいなくてもストーリーには問題ないのでは?ってレベル。あほの子みたいにスイッチ押しまくってて、ウッディとの信頼関係もほとんど描かれてない。バズってもっと頼りになるキャラクターだったような…。 バズさえもこの扱いですから、他のお馴染みのキャラクター達も存在感はまるでないです。ジェシー、レックス、ハム、ポテトヘッド夫妻、ブルズアイ、スリンキー、リトルグリーンメン…予告やグッズにはたくさんいるのにほぼ活躍しません。(グッズにはいたりするけど、ロッツォも出てこないよ!)今まではおもちゃ達それぞれに個性・役割があって、それを活かしながらみんなで困難を乗り越えてきてたのに…今回はウッディの単独行動で、他のおもちゃ達は車で待つだけ。ウッディを探しに行こう!とかならないのかな…あと、タイヤをパンクさせるくらいまではまだ許せましたがブレーキとアクセルを操作したりナビになったりするのはおもちゃの鉄の掟を破りすぎな気が…。おもちゃ達が人知れず奮闘するのが今までのトイストーリーだったのに、今回は人間に見られたり干渉したりし過ぎだと思う。 お馴染みのキャラクター達が空気になった代わりに、新キャラクターが活躍します。まず本作のキーキャラクターであるフォーキーは動きも愛くるしくて憎めないヤツです。ダッキー&バニーもふわふわもふもふでかわいい!…けど、あんなに持ち主を欲しがっていた2人が特別な理由もなくあっさりあちら側についたのには少々違和感。 ギャビーはなんか最後美談っぽく描かれてますが、結局やったことはフォーキーを人質にウッディのボイスボックスを半ば無理やり奪う⇒結果、お目当ての少女に持ち帰ってもらうはずが失敗してやっぱり返すとか言い出す。ですから、うん、めちゃくちゃです。ウッディにとってあの背中の輪っか、唯一アンディとコミュニケーションが図れるあの機能、どれだけ大事なものだったか…言うなれば人形の心臓部分ですよ。ウッディは最後、ジェシーに保安官のバッジも譲っちゃうし、ウッディだけ色々大事な物を失い過ぎて悲しいです。ギャビーは最後、迷子になってる女の子に連れて行ってもらえますが、あれもあんな状態のいいお人形を娘が拾って来て両親が何も言わないの変じゃないですか?あれだけ子供がいるんだし、誰か他の子の持ち物かも、とか思わないんですかね。 ボーが再登場してくれたのは嬉しいけど、なんか性格キツくなってるような気がして「ただ私の言う通りにして」とか「あなたは立ってればそれでいいの」とか言われてるウッディがかわいそうになりました…。ボーも様々なつらい経験を経て自立した女性になったのでしょうから、それくらいたくましくないとダメなのかもしれませんが。最近のディズニーは自立したかっこいい女性像が好きですね。最近だと実写版アラジンのジャスミンとか。 最も賛否両論渦巻いてるのは最後のウッディの決断ですが、あれでほんとにウッディというキャラクターが死んでしまったと思います。今までのウッディは、子供たちの側にいて楽しませてあげる事こそがおもちゃの役目・幸せだと感じていたし、どんな時も仲間のことを一番に考える仲間思いの性格でした。その彼が、最後に一人だけ自由になる選択をするのか?仲間を見捨ててでも?ボーと離れがたい気持ちもわかるけど…じゃあ、冒頭の別れはなんだったの?って感じ。ボーなら「あなたにはまだ持ち主がいるでしょ?みんなをよろしくね。保安官」ってあの時みたいに言ってくれそうなのに…。しかもみんな物分かり良すぎない?!あんなにあっさりお別れなんてしないで欲しかった。アンディと一緒に大学に行く選択肢を捨ててまで、今までずーっと一緒に居た仲間たちだよね?それもウッディがその決断をするまでの行動を見ていたならまだしも、車で待ってただけだよね。やっと帰って来たと思ったら出て行くってなって、みんなそれで納得出来るの?いやだ!行かないでよウッディ!って止めてほしかった。子供はたくさんいるとか世界は広いんだとか、初めて子供部屋から外に出たおもちゃならいざ知らず、ウッディは何度も冒険して来てサニーサイドだって見てるんだから知ってるよ!それが出て行く決心に至った理由だとしたら弱い。弱すぎる。ボニーにないがしろにされていたとしても、捨てられたわけでもないのに。もしもアンディがそれを知ったらどう思うの?ボニーは責任感じて心に傷を負うのでは?それなら、3でみんな一緒に屋根裏部屋にしまわれた方が良かったとさえ思う。ボニーを嫌いになってしまいそう。 つらつらと長文で書きましたが、シリーズのファンでも好意的に受け止めている方はいらっしゃるので、この結末は人それぞれ感じ方が違うと思います。私は受け止めるのに少し時間が掛かると思いますが。