
星ゆたか

Amiko
Avg 3.4
2025.2.16 「ナミビアの砂漠」(24)の山中瑤子監督の19歳長編デビュー作品💫。 66分という長さであるが。 若い新鮮な果実のような魅力がギュッと凝縮された。とても好きな映画になってました。 山中監督は長野出身で、中学位までは、厳しい家庭で映画やテレビを好きに見られなかったという。 高校になって美術部の先生が見る映画を推薦してくれたり。地元の名画座やTSUTAYAで映画を見て。 大学は東京の日大芸実学部映画学科に進学する事に。 しかし大学の教育課程がゆるく、三年で10分程の映画、卒業制作ですら30分という制限があり。一年で[ジャンプカット](似たショットを時間の経過を省略して繋げる事)を撮影したら。『教えてない事はやらなくていい』と言われ。失望し。 一年の夏頃には学校へ行かなくなったという。 本作は一人で始め、スタッフや役者はSNSや知り合いのつてをお願いして制作した。 2017年PFF(ぴあフィルムフェスティバル)で観客賞。 2018年ニューヨークでの特集映画企画で。 坂本龍一さんが『爽やかな日本映画❗️』と絶賛。 また日本の映画館❲ポレポレ東中野❳でまだ高校生だった河合優実さんが感激。『私女優になります、いつか是非作品に参加させて下さい』と監督に手紙を直接手渡しした経緯があり。 それが6年後「ナミビアの砂漠」出演に繋がったという逸話が有名だ。 PFFという映画祭は『プロの即戦力的な者を見つけ出すよりも、可能性を秘めた原石を発掘する所で』。 作品への好感度という点では「ナミビアの砂漠」よりキラキラしている本作は、少なくとも私には上のような気がする。 それは「夜明けのすべて」等の三宅唱監督の「ワイルドツアー」。 「偶然と想像」等の「永遠に君を愛す」の濱口竜介監督などのやはり初期の短編に受ける。 ある濃縮された断片の新鮮な煌めき·耀きに共通する魅力と言えまいか。 物語は女子高校生16歳のあみこが。 それまで幼馴染みの同性の奏子だけ心を開いて会話していたある一年前の教室に。 他クラスのサッカー部のモテ男アオミ君が侵入してきて。 上半身裸下半身もパンツいっちょうにまでなり。話しかけながらユニフォームに着替えるじゃないか!。 この事のあみこの“見せない動揺”。 また姉さん二人と母の異性の中大きくなったアオミ君にはあまり異性への恥じらいはないようで。 そしてその後早目にあがってきて(サッカー部あまり好きじゃない)。 『山へ行きたくない?』と誘い。近くの山から昼間明るい内から暗くなった夕方市内へ戻ってくるまで。 最初はアオミ君が『ねぇ少し話してよ』と言っていたけど。 その内『ずいぶんよく話すね』というまで心を開いてくる。同性の奏子を除けば異性で初めての。 最後にあみこ自身が認める。 【魂の会話】が出来た相手だった訳である。 だからその日から一年以上結果的には、再び話す事もなかったけれど。 最初はあみこにとって、恋の始まる喜び期待に浮わついた日々を送っていた。 TSUTAYAでアオミ君ら仲間3人と遭遇した時には。 画面前で話す3人の背景に“い行ったり来たりする”あみこの姿が可笑しくも涙ぐましい。 多分モテ男のアオミ君にとっては“少し記憶の残るあみことの会話の日”であって。 だからといって積極的に恋を進展させようという気にはならなかったのだろう。 その後何と『アオミ君が家出をした』と級友達の話。 そして情報通の同クラスの女子に。 『時々学校へ来る卒業生の女子で、憧れの先輩大学生の東京のアパートにいるらしい』という話があみこに入ってきて。 いても立ってもいられない精神状態で…。 なけだしのお金を集め奏子の協力もあって。 彼女は単身、まず同棲相手の居所を突き止めるべき“ストーカー”行為に。 付かず離れずの距離でその先輩女のアルバイト先から帰宅するまで“張り込み”。 翌朝彼女の出勤と同時にアパートへ侵入。 声をかけても揺すぶっても熟睡しているアオミ君と対峙する。 彼のベッドと寝姿にウマノリになって。 『ねぇあの女のどこがいいの?私達のあの魂の会話はどうなったの?』 あの“魂の会話”と言えば、その終わりの方で。 『…一年の内女にはどうなってもいい日があり、そんな日にAVの出演誘いの話なんてあったら承知しちゃうかも…』のあみこの話があって。 その最後にあみこがアオミ君に同棲(ヒモ生活)なんてする人じゃないはずなのに。 『何故?』て聴くと。 『どうなってもいい日なんだ』と答える。 そこで『最低!』と言った後、手の指のこうに。 【P·U·R·E】と部屋に入る前に書いた拳でノッくアウト❗️。 ふとこのあみこのような少女が成長すると。 「ナミビアの砂漠」の21歳のカナのような女性になるのかなとも⁉️思った。 【追記】1時間程の作品なので主要人物男女3人(あみこ·アオミ·かなこ)の両親の状況は。 母親については僅かにセリフで話されるが。 3人とも父親については全く一言も触れられてない。 女性監督という事もあるが、この年齢の男女にとっては父親は。 ただ生活を維持していくだけの経済的背景(国とか社会)の1つにすぎない存在って事なのだろうか? あみこやアオミの魂の真理の会話に父親の存在や言葉が入ってこないのだろうか。 少し寂しい気持ちになるのは…私位か? そしてアオミがあみこの言う『何故大衆女と一緒?(私でないの)』の答えに。 『だって可愛いいじゃん』って言い放す。 『言ってる事とやってる事の違い』の齟齬が生じる。 そんな大人の男に彼もなりさがってしまうから。 彼女らにとって、父親は意識されざる存在という事なのかも知れない。