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映画好きだと「おすすめの映画を教えて」ときかれることがある。相手の好みの察しがつかなければ、私は取り敢えずこの映画を挙げることにしている。 クラウドアトラスとは作中に登場する交響曲の題名。様々な楽器が1つの曲を奏でるかのように、6つの物語が並行し1つの映画を形作っていく。それ故少し頭を使って整理しておく必要があるし、冒頭で紹介される年号を手掛かりに話を時系列順に並べておくことが求められる。私はこうしたパズルチックな作業に比較的相性が良い。 それぞれの物語は時代も登場人物もバラバラだが、社会悪と戦う筋書きや差異をこえた人の繋がりというテーマは共通している。この点でアメリカ映画らしい予定調和で物語は進行する。希望のある話は好みだし、予定調和は鑑賞が楽でいいと思っている。 筋書きは短編小説程度の膨らみしか持たないものの、起承転結や見せ場がはっきりしている。テンポの良い進行や見せ場を重ねる編集も、このコンセプトで作品を作ることの強みを的確に生かす事に繋がっている。これらの特徴は単調あるいは疲れるといった否定的な感想に繋がりうるが、ここでは複雑な作業を常に要求することとの対比で緩急を狙ったものとして肯定的に評価したい。 短編小説といったが、細部も複数回観て楽しめるほどに充実している。例えば、あるパートにおける発言が別のパートの伏線になっていて、ハル・ベリーの登場場面での発言の内容は、ジム・ブロードベントが主人公を務めるパートで実現されている。 なお、本作では、同じ俳優が複数のパートに出演している。ワーナー・ブラザーズの公式見解では、トム・ハンクス演じる初老の男性が自分の人生と5つの前世を物語っていると紹介されている。これに対して、私は6つのパートの主人公全員が本作の主人公だと思っている。時代を超えて一つの正義に向かう意志が主人公を中心にして受け継がれていく物語なのだと解釈している。この解釈は正義に向かう各編の内容と適合的だし、人と人との繋がりを主題化した本作にふさわしい。また、各パートを十分に楽しむ上でも公式見解よろ優れている(例えばトム・ハンクス演じる悪役がそのパートの主人公を殺そうとする最中に殺される場面があるのだが、公式見解をとる場合これはどういう気持ちで受け止めればいいのだろうか)。 テーマ自体の抱える難しさに無頓着なのはいただけない。『マトリックス』然りインテル好みのテーマを扱ってはいるものの深みのある作品にはなっていない。 作中では奴隷貿易や移民問題などを通して人種差別の問題が取り上げられる。ここにおいて差異をこえた人の交流が描かれるのであり、例えば奴隷貿易に携わる弁護士は黒人の青年と友情を結んでいる。その一方で、韓国人を演じるアメリカ人俳優たちにステレオタイプ的なメイクを施しているなど差別的ともとれる表現が含まれている(韓国を舞台にしたパートで主人公を演じたペ・ドゥナは目のはっきりとした、つまりステレオタイプ的なアジア人からはやや外れる韓国人女優であるだけに、画面としても不自然になってしまっていて残念)。このテーマを扱う以上、如何にマイノリティを細やかに扱えるかが説得的な作品に仕上がるか否かを分ける。監督自身性転換の経験を持つこともあり、この点で積極的な取り組みを期待してしまったが、努力の跡が見られず残念。よくも悪くもうわべだけマイノリティを重視した画一的な映画にとどまってしまったと思う。 また、人と人との繋がりを描く際に、どのようにそれを作るかにも気を配る必要がある。上記のように差別問題を扱おうと思っているのであれば、如何に新しいマジョリティを形成するかは気を配って然るべき。この点で例えば、「アイルランド人」であるが故に連帯するなど安直にナショナリズムに訴えかけるのは如何なものか。この点に不安があると、私たちの感動もどこか危ういものなのではとちょっと疑ってみたくなってしまう。
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