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1950年代から1970年代まで、東宝映画のドル箱だった大衆的な喜劇に、森繁久彌主演の"社長"シリーズがあった。 社長以下社員一同が、和気あいあいと一致協力して、厳しい経済状況を生き抜いていくという物語で、浮気な社長やヘマばかりやる社員、オッチョコチョイでずるく立ち回る課長といった常連の登場人物たちが、いつも失敗をやりながらも家族主義的な気分を大いに発揮するという内容だった。 ちょうど、その時代は高度経済成長期の、貧しいけれども遮二無二働いて、会社に生き甲斐を見出していた当時の"日本人の気分"を良く反映していたものだ。 こうして、"猛烈サラリーマン"というような言葉が生まれ、やがては日本人は仕事中毒だなどとさえも言われるようになるが、そんな風潮を諷刺することで一世を風靡したのが、「スーダラ節」その他一連の、青島幸男作詞、植木等が歌ったコミック・ソングだった。 世間ではみんな大真面目に努力しているが、俺は努力なんかしないで要領良くうまくやるよという内容であり、歌詞の辛辣さに加えて、植木等の途方もない楽天的なキャラクターが大いに受けたのだ。 この人気に着目して、同じ東宝映画で社長シリーズに対する"逆説"のようにして企画されたのがこの映画「ニッポン無責任時代」にはじまる一連の、ハナ肇とクレージー・キャッツの植木等主演の"無責任男"シリーズなのだ。 彼が演じている主人公の名前は、平均(たいら・ひとし)。 サラリーマンは気楽な稼業とばかりに、口八丁手八丁のとても平均的な日本人とは思えない調子のいい男だが、いやまてよ、猛烈サラリーマンなんてのより、案外こっちの方が"日本人の実像"に近いかな? と一瞬思わせるだけの微妙な皮肉になっていると思う。 この平均という男、日本的な終身雇用制なんてことなど、どこ吹く風とばかり、いろんな会社にひょいひょいと潜り込んで、世間を渡ってきたらしい。 行く先々で、とことんいい加減にふるまうが、世の中は幸せでいっぱいみたいな笑顔と、悪びれない"ゴマスリ"の上手さで、みんながあっけにとられているうちに、どんどん出世してしまうのだ。 そして、失敗すればハイ、サヨウナラ。 しかし、なぜか不死鳥のように帰ってきて社長になっている。 この信じられない夢物語が、植木等が演じると、なんだかあり得るような話になってしまうから不思議だ。 なにしろ、まさか、と思う間もないスピードでリズムに乗って意表をつく裏切りなどを楽しそうにやってしまうのだから恐れ入る。 しかも、この植木等という俳優が、素顔ではいたって律儀な真面目人間なんだから、そのギャップも面白い。 とにかく、突撃演出で知られる個性派監督の古沢憲吾がスピーディで、歯切れの良いパンチの効いた演出を見せていて、原案・脚本の田波靖男、キレの良い演技を披露した植木等、それぞれの傑出した才能が結集して生まれた"奇跡的な作品"だと言わざるを得ない。 この映画は当時の大衆の圧倒的な共感と支持を受け、大ヒットし、日本喜劇映画史上に残る傑作となり、続いて同年に公開された「ニッポン無責任野郎」もヒットし、以降クレージー・キャッツ全員が活躍する「作戦」シリーズや、植木等主演の「日本一」シリーズへと拡大していくことになるのです。
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