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【スタッフの一員になる映画】 前作に40分の追加シーンを収めた長尺版。そのシーンの意図を思い巡らし、まるで自分も本作の作り手になった気分に。ほっこり感と戦争の悲惨さの絶妙なバランスも健在で、見応え満点。 ◆概要 クラウドファンディングで製作費を募った前作「この世界の片隅に」に、新たなシーンを追加した長尺版。監督は片渕須直。原作はこうの史代の同名漫画。声の出演は、のん、岩井七世らが続投。 ◆ストーリー 日本が戦争のただ中にあった昭和19年、広島県・呉に嫁いだすずは、夫・周作とその家族に囲まれ、新たな生活を始める。すずはある日、迷い込んだ遊郭でリンという女性と出会い、心を通わせていくが……。 ◆感想 前作に、すずの周作への思い、りんと通わせた心の深さが描き足され、よりラストシーンのあたたかさが際立つ。いわゆるディレクターズカット版として、深みの増した成功例だと思う。映画全体としても、戦争で大切なものをたくさん奪われながらも、強く優しく生きていくすずに、胸が熱くなる。すずが描き、時に思い描く絵の描写や、声優のんの声、朗らかな音楽、色んな要素で優しく作り上げられた映画の世界観がいい。 ◆ ◆以下ネタバレ ◆ ◆ラスト 前作を再鑑賞して臨んだ本作。どのシーンが足されたか、探しながら楽しんだ。あの紅がりんからの贈り物だったこと、りんと周作に接点があったことなど、りんとの関係をぐっと掘り下げるシーンが多数足されていた。りんと周作の関係をすずが黙認する事で、よりすずの周作に対する思いの強さ、呉で生きていくことへの覚悟が増していたと思う。個人的に、空の発砲から守る周作の背中に回したすずの両手にそれがよく現れていた気がした。でも何より思う1番のポイントは、不妊治療にすずが悩む描写を足したこと。前作ではラストの孤児が、亡くしたはるみの生まれ変わりのように描かれていたが、本作ではそれに加えて、子供に対するすずの念願も昇華するような、重厚でとてもあたたかいラストになっていたと思う。 ◆世界観 映画全体の優しい雰囲気と、でもしっかりと戦争の悲惨さを描く絶妙なバランス。アニメのタッチや、全体に散りばめられたクス笑い、声優のんの声色も圧倒的な朗らかさだし、コトリンゴによる音楽もホッとする。 ◆抽象化 そしてこの映画の一つのキーとなる、絵への抽象化。波をうさぎと例えて描く、すずの海の絵に始まり、初の空襲体験を絵具の描写に移し替え、はるみを失うシーンもすずの頭の中でそれを絵に抽象化する表現だった。今回足されたりんとのシーンも、すずの絵を通じて心通わせるものがいくつか。すずにとって絵を描くことは時に自己表現であり、時に現実逃避の手段。そんなすずの人格表現を、映画の要所要所で絵として抽象化し、描写していたと思う。右手を失い、ある意味自分を失ったすず。自分の右手を見つめながら、まるで左手で描いた絵のように背景がおどろおどろしく変わっていくシーンは、まさにすずの絶望そのものだった。 ◆ 個人的に、オリジナル版とディレクターズカット版を比べて見るような初めての体験。何が足されたのか探すのも楽しいし、なぜそれが足されたのか、どんな意図で足されたのかを考えるのも、より製作側がこの映画をどうしたいのかを少し感じられたようで嬉しかった。 ◆トリビア ○前作は、累計480館以上、史上最長の1133日連続でロングラン上映され、世界60以上の国と地域で上映された。(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/この世界の片隅に_(映画)) ○ 上映時間168分はアニメーション映画としては史上最長。(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/この世界の片隅に_(映画))
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