
たん

Toy Story 4
Avg 3.5
無限の彼方へ、さぁ行くぞ。 ・なぜこの映画を劇場で見なかったか。3があまりにも奇跡的で切なさを感じるまでに完璧な終わり方をしていた為、「ん?いや今さら何を描くの?」となったからで、怖くて見ることができなかった。 ディズニープラスに入ることが無ければ、恐らく一生見なかったかもしれない。 ・結果、正直評価が非常に難しい。「これが単独作品なら」と何度思ったか。「子どもを楽しませる、それが幸せ。おもちゃとしての使命を全うしたら、次の子どもへ紡がれる輪廻、愛のバトン。まさにおもちゃ物語=トイストーリー」に対しての、アンチテーゼとして、別作品で作られるならとても興味深い試みだと思えた。 ・本作では、ウッディは、持ち主のボニーから必要とされなくなり、自分の存在意義を「フォーキーを守ること」に見出し、それに囚われ始める。 最後にはボイスボックスも取られて、持ち主有りのおもちゃとしてのアイデンティティだけでなく、おもちゃそのものとしてのアイデンティティも失ってしまう。どうなるのかと、なかなかおもしろかった。 ・そこで糸が切れたのか、最後にはボーを選んでしまう。非常に評価が分かれるところだが、思うに本作は、「おもちゃとしてのウッディ」からさらに飛び越えて「この地球に存在する1人のウッディ」という個人的なものにフォーカスした作品なのかもしれない。 ・ただ、冒頭のウッディの足の裏のボニーとか、伏線になりそうなところはあったような。 さらにラストの「なぜ私たちは(ゴミなのに、ひいてはオモチャなのに)生きているの?」に対するカメラ目線の「なんでだろう?」。これはなんだか意味深。 ・自分の人生を考えたときに、本当の幸せをボーに見出し、下した決断。何かこう、世界の向こう側というか。宗教の違い?これはアメリカならではというか、このラストが激賞されるのがアメリカという国なのだなぁとふと思った。 ・余談だが、僕の大好きなグッドウィルハンティングも、最後マットデイモンがベンアフレックに何も言わずに女の方を選ぶし、仕事やプライベートでの「仲間」という意識が我々とは違うのかもしれない。 日本人は「俺たちのこの日々(幸せな状態・冒険・旅)はまだまだ続く。続くったら続く。」的な、曖昧やけどポジティブなエンドに慣れているからかしら。 ・どうでした?そんなこと考えませんでしたか?あ、考えませんでしたか。すんません。