The Virgin Spring
Jungfrukällan
1960 · Drama · Sweden
1h 29m



A harrowing tale of faith, revenge, and savagery in medieval Sweden.
💃 踊り終えたあと、本音がこぼれる
「タンゴの後で」都度課金開始✨
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慢性眼精疲労
3.0
この土日、新文芸坐でベルイマン監督作品をまとめて4本観た。その1本目。 === 4本見終わって感じたのは、ベルイマンのコンプレックスや好き嫌いがありありとわかってしまって観ているこっちが赤面しちゃうような作品を作る人だなということ。そして帰宅してパンフレットを読み、「彼は意外と明るい人だったのよ」とか書いてあって困惑した。 ともかくこれは1本目に観たから、「おいおいベルイマン!またかよ!」っていう印象はまだない。 === 総括すると、お話がシンプルでわかりやすいだけに考察もしやすい(突っ込みやすい)作品だ。シンプルなだけに、矛盾が起きないような伏線をはってある(少女カーリンが何故か見栄をはって実家がとんでもない豪邸だとかなんとか吹いてたから、それと気づかずにならず者が実家を訪ねてしまった、とか)から、突っ込みの対象はベルイマンが意図的に用意したものだと考えられる。 小難しい本を読んだり哲学的なことを考えたりするのが好きな(大二病の)人向き。大二病なにそれ美味しいの?映画はとにかくエンタメでしょ?っていう人には、90分と言う短い時間が永遠にも感じられるでしょう。 === 観始め。昔の北欧の風俗(性産業じゃなく衣食住とか)には馴染みがないので、観ながら頭をチューニングする必要があった。 やっと周波数が合うころにはもう終盤で、なんだかまわりくどく信心家を馬鹿にしたような内容だなー、と言う印象が頭を支配し始める。 例えば終盤、娘(カーリン)を殺された母親が「娘を殺されてこんなに悲しい思いをする羽目になったのは、私の行いを神が咎めて、バチが当たったからだわ!」とかなんとか言う個人的に印象的なシーンがあった。母親の発言は、まるで自分こそが悲劇のヒロイン(あわれな娘ではなく!)で、しかもその悲劇は神の御業であるかのような口ぶりだ。 しかし観客は思うはず。娘がならず者にレイプされ、殺されたのは、娘自身はもちろん、親も揃って防犯意識が低かったせいなのでは?と。(使用人インゲリがカーリンを憎むに至った経緯は予想外だとしても、)妊娠してお腹の大きな使用人一人をお供につけるのはどうなの?と。結局それは、自分達の責任をうやむやにして、神に責任転嫁するお花畑思考というやつなのでは?と。 田舎だし交通手段が限られてて人の移動が少ないから大体顔わかるし、危険な人はまずいないだろう、という油断があったとしてもね(こういうチューニングをしながら観ないといけない)。人気のないとこも通るし怪しい人が住み着いてる小屋だってあるんだから、わざわざ追い剥ぎしてくださいと言わんばかりの高いドレスを着せなくても。 信心深い母親だけでなく、母親から「あなたは私と違って信仰に頼らなくてもしっかりしてるのよ〜」とか言われてた父親も、娘の死体を前にすると、思わず神に語りかける始末。 2人とも、神や宗教といったものを、「自分を律するための客観的な視座」ではなく、「自分の責任をなすりつけたり自分が許しを得たりするための、都合の良い道具」として利用しているように見えた。 そう見せるのがベルイマンの意図したところだったのだろう。父親が神に語りかけながら崩れ落ちる様子が妙に芝居掛かってたのも、母親と同様に自分を悲劇のヒーローだと思って浸ってるイタいやつだ、ということを表現したかったんだと考えれば納得がいく。 === 穢れのない少女(、、、とは言っても、おそらく不純異性交友を噂されたであろう行為~男とダンスを踊る、それも一晩で複数と~をやったり、それを使用人の女に自慢したりして色気付いている。ルーテル派のクリスチャンが多少は性に寛容だとしても、作中の時代背景や、舞台が田舎なことを踏まえると人々の思想はかなり保守的だったろうと想像できるので、不良娘と呼べる気がするが、、、というチューニングをしつつ)が辱めを受けた上で命を奪われる、というシナリオが公開当時はセンセーショナルで、それはもちろんベルイマンが商業的な成功を狙って盛り込んだ仕掛けだったのだろうが、現代人の僕がそれを観ても「ふーん」という感じだ。 むしろ、上につらつら書いたような「日頃熱心に信心しているが、その動機が不純な人達」に対する批判めいた描写が衝撃的だった。 === それにしても、神の奇跡を具現するものがなぜ泉である必要があったのか。謎だ。近くに小川が流れてるから水が湧いたところでありがたみはないだろうし。 神は奇跡を見せ、その奇跡を人間は畏れるけれども、実は役に立たない奇跡しか起こさない、という神への皮肉だと考えられなくもない。うーん、相当こじらせた人だなベルイマン、という印象を持った作品だった。 === 余談だけど、オーディーンを信仰する土着宗教は原始的で、不気味で、身分の低い人しか信仰してなくて、、、と、あんまりいい描かれ方をしていない。神は好きじゃないけど、やっぱりどちらかというとキリスト教の肩を持っちゃうな〜というスタンスなのかしら。作中の情報だけでは考察し切れないけど。 シンプルに考えると、「キリスト教を信仰してる人はある程度教養がある人だけど、それでもこの程度だよ」という文脈で上述した批判を強調するために引き合いに出しただけかもしれない。 === さらに余談だけど、「飛ぶ鳥は飛ばない鳥より賢い」と言うザビエル頭(トンスラというヘアスタイルらしい)の男は神か悪魔の化身なのか?と途中まで疑ってたけど、ラストの腑抜けた表情を見るとどうもどちらでもないらしい。 その後の3本を観て、ベルイマンは神や悪魔を実体化して作中に出すほど夢見がちな人ではないなと確信した(夢見がちなのが悪いことだとは言ってない)。 ならず者の仲間ではあってもまだ純粋な少年には、そのトンスラが自分の罪をあばき立て、責め苛む神の御使いに見えたのだろうか。 この作品の本当のヒロインはこの少年だと言っても過言ではない。唯一同情できる。それに登場人物の中で唯一(?たぶん)主観的な視点が出てくるし、ベルイマンも同じように考えていたのでは?だとするとその少年を殺したカーリンの父親はまったくもう。
3.2.1.0
4.0
This may contain spoiler!!
Hisada
3.0
good.
phiphi
3.5
復讐劇 信仰を持たないので心情がイマイチ理解できず。 なるほど、あれが処女の泉ってことか。
ひでP
4.0
2024年12月26日Amazonプライム、無料配信。 イングマール・ベルイマンの最高傑作とされる。 舞台は土着信仰とキリスト教が混在する中世のスウェーデン。 キリスト教徒の無垢な娘を襲う悲劇や、父親の手によってなされる復讐とその後を描く。“神の不在”を描いたドラマ。 衝撃的な物語と最終的に辿り着く魂の救済。 1960年の映画。モノクロ。 原案、スウェーデン南部に伝わる伝承『ヴェンゲのテーレの娘たち』。 脚本、女流作家のウラ・イザクソン。 監督、スウェーデンの巨匠、イングマール・ベルイマン。 父親役、名優マックス・フォン・シドー。 2013年、デジタルリマスター版。 本作品はアカデミー外国語映画賞、 ゴールデングローブ賞外国語映画賞、 カンヌ国際映画祭特別賞。 日本では1961年度キネマ旬報外国語映画ベスト・テン第1位選出。 翌1962年に公開の『野いちご』(本国での公開は1957年)も二年連続ベスト・テン第1位。 16世紀のスウェーデン。 裕福な地主テーレ(マックス・フォン・シドー)とその妻メレータ、一人娘カーリン(ビルギッタ・ペテルスン)の一家は敬虔なキリスト教徒。 しかし一家の養女で召使いのインゲリ(グンネル・リンドブロム)は密かに異教の神オーディンを信奉し、苦労を知らずに育ったカリンを呪詛していた。 教会のマリア様のロウソクは”処女”が供えなければという父の言い付けで、 一人娘カーリンは、奉公人のインゲリと教会にロウソクを届けに行くことに。 その後、森で3人の羊飼いに会った彼女は惜しみなく食事の世話をする。 しかし無惨にも強姦され殺害されてしまう。 インゲリは隠れて一部始終を見ていた。 娘の悲劇を知ったカリンの父テーレは、復讐心から3人を惨殺するが。 【イングマール・ベルイマン】 2010年発、英トータル・フィルム誌「史上最も偉大な映画監督トップ100」 第7位。 【イングマール・ベルイマン】 2012年発、評論家が選ぶ史上最高の映画トップ50 (「BFI(英国映画協会)」発表) 17位。仮面/ペルソナ 【 監督 】 イングマール・ベルイマン 【イングマール・ベルイマン】 【映画史を作った重要な映画50本】 仮面(イングマール・ベルイマン)
ご自由さん
3.5
昔昔の映画ノートより~記録用
いやよセブン
5.0
少年を含む3人のならず者に、可愛い一人娘を殺され、父親は復讐のため3人を殺す。 最後に「神よ!娘が殺され、私が復讐のためとはいえ3人を殺すのを、貴方はただ見ていただけですか?」と問いかける。 そして無残な姿で横たわる娘を抱き上げると、奇跡が起き、鳥肌が立つような感動が押し寄せます。 ベルイマンが「宗教とは何!信じるって何!」と問いかけています。
panopticon
4.5
無垢なるものは他に罪を負わせる存在。 ・ 自身に罪を与えたいというその自意識の中に神はいる? ・ 構図の完成度、時にダイナミックに動くカメラ、森の中をジャンプカットで走り抜ける躍動と堕落。 ・ ラスト、各人物はそれぞれ異なった視線の先に祈りを捧げており、その対象は統一されていない。絶対的な存在というのは自己の内側にしかいないのか。 ・ 銃のない時代、罪の感触は掌に染み付く。
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