The Quiet Girl
An Cailín Ciúin
2022 · Drama · Ireland
1h 35m
(C)Insceal 2022


A quiet, neglected girl is sent away from her dysfunctional family to live with relatives for the summer. She blossoms in their care, but in this house where there are meant to be no secrets, she discovers one.
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亮一
5.0
予想外でした。少女の走ってる姿のポスターからは、なんのドラマか全く想像つかず。 意地悪こそ表に出ないが、姉妹の中でも、コットは比較的みんなから疎んじられている。学校でもそうだ、自分の存在ってなんなんだろう、 そのような出来事があれば、自然に殻に閉じこもる。お母さんにはもうすぐ赤ちゃんが産まれる、そこで夏の期間だけ、親戚に預けられる。親は思ってなくても、自分は邪魔な存在だとコットは思っただろう。 預けられた親戚のおばさん、おねしょをしたコットに対し、決して攻めず、布団を干すのを 忘れたかしらなんて優しい言葉、無口なおじさん、コットが不意に見えなくなったとき、異常なまでの怒り方、後悔してるんだけどコットにごめんを言えず、仲直りにそっとクッキーをテーブルに置く。微笑ましい。コットの気持ちも変わって行く。なぜ叔父さんあんなに怒ったのか、ポスターの走ってる姿、叔父さん叔母さんの抱えてる悲しみ、全て回収していく。そろそろ夏も終わりに近づきコットと叔父さん叔母さんとの別れも近づく。 車から見えるアイルランドの自然風景、わたしの抱えているストレスも車窓の外に流れて行く、クライマックス😭コット最後のひと言再び😭
隣の唐十郎
4.0
「頭の鈍い子だね」 周囲から変人扱いされるコット (大人しいだけなのに…) 多くを語らない主人公の目線で静かに展開する物語 細かい説明は無いが、主人公の瞳に映る微かな光が雄弁に物語る [沈黙は金] [子どもはしっかり見てる] という教訓 初めて自分の居場所を見つけたコットのひと夏 80年代初頭の時代設定が観る者の郷愁を誘う 内向的で優しい21世紀のハイジ
マルタ
4.0
母親の出産準備というより厄介払いみたいに夏休み間叔母さん夫婦に預けられたコット。 コットは感性が豊かで賢くて、父親の浮気相手、叔母さんのご近所さんの嫌味も両親のコットに対する無関心までお見通しな気がする。だから余計な事は言いたくなくて寡黙なのかもしれない。 そんなコットを叔母夫婦は、温かい愛情で包んで、沈黙は悪くないと教えてくれた。空の青さ、木々の美しさに気づかせてくれた。言わなくてもバケツを持って、デッキブラシを持って、ピーラーを持って、一夏の成長はめまぐるしい。このままずっーとこの生活が続いて欲しかった。 だって、大事な娘を預かってもらう人の手料理でタバコの火を消す親のもとに帰るなんて! 並木道を笑顔で走るコットを親に見せたい。溜息をつかず最初より流暢に喋るコットをちゃんとみて欲しい。「ダディ」はショーンに向けて放たれた。
ハナ
3.0
身体を優しく丁寧に洗ってくれるとか、大人でも安心できる環境下では愛着が湧く行為だから子どもなら尚更感じるものも大きい。自分が大切にされる存在って認識できるのは、幼少期の経験によると思う。その時があったか無かったかで、雲泥の差。私はいとこ夫婦の様な社会的な存在になりたい。ショーンがずっとヨーンに聞こえた。預かるわって言った人の描写が実体験の様なリアルさで懐かしい。子どもはそういう大人なんとなく見 抜いてたよ。
うにゃ
5.0
This may contain spoiler!!
ゆう
4.0
1/30 昨日たまたまちょうどいい時間にやってる映画を見つけ、今日観てきました。 結論すごくいい映画。 大家族の中邪魔者扱いされている寡黙なコットという女の子が、母親にまた子供が生まれるということで家計が苦しいため親戚の家に夏休みの間限定で預けられる話。 預けられた家庭で徐々に心を開いて成長していく様子が良い。ここ多分泣くとこじゃないんだろうな…ってとこでも泣く。ひたすら包み込まれるような優しさに涙が出るし、緑や水の煌めきが美しくて、そういう細かいところも気が配られてていい。たまたま選んだ映画だったけど、観て良かった。
Little Titan
4.0
本作の驚きは、自分がヒロインのコット(Cáit)の目線で映画を鑑賞できた事。当たり前に思うかもしれないが、「赤毛のアン」では全く違った。2作は国や時代、血縁の有無等相違点も多いが、少女が(ほぼ)初対面の家庭に預けられるという点は似ている。アン(Anne)はやたらお喋りな孤児で、ありふれた景色も耽美に表現したり、自分の空想を大仰に語る。幼少期に観ていた筈のアニメもほぼ覚えいていない。恐らく高畑勲監督と同様に、アンの気持ちを全く理解できず、感情移入できなかった為と思われる。高畑氏は自身の解釈を加える事ができず、原作に忠実にアニメ化せざる得なかったが、それが却って評価されている。しかし、大学生で観た再放送にはハマった。自分の視点がいつのまにか育ての親のマリラやマシューに移ったせいで、物凄く感情移入しやすかった、 一方で、本作コットでは少女の気持ちに寄り添えた。理由は彼女が原題の「An Cailín Ciúin」(The Quiet Girl)通り、静かな少女だったからだろう。自分も大勢の前では自己主張できないタイプで、クラスでの集団生活が苦手だった。孤立する状況も淋しいどころか、楽に感じた。幸い長男だったので家族内では孤立しなかったが、コットの立場なら同じ疎外感を感じたかもしれない。なので、コットが伯父にショーン(Seán)と次第に打ち解けていく様は嬉しかった。寡黙な彼女がラストシーンで囁く言葉は感慨深い。ただその人にそう言わざる得ない状況は真の幸せではないかもしれない。彼女があの家庭で、何とか少女時代を生き抜けることを心が願ってならない。 P.S. 基本、登場人物はアイルランド語で会話するが、しばしば不意に英語が混ざる。一方、TVとラジオは明確に英語。鑑賞後にアイルランドの言語事情を調べて納得したが、それが気になって若干気が削がれた。
naokko
4.0
鵠沼海岸のシネコヤで鑑賞。コットを見守る親戚のあたたかさ、キラキラした自然がとにかく美しいなと思った。ミニシアターの雰囲気も相まって素敵な時間を過ごせました。
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