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    star3.5
    【5秒毎の魔法に酔う映画】 繰り出される魔法やかわいい魔法動物たち、不思議な魔法の描写が体感で5秒毎。いい意味で強制的にその世界観に酔いしれ没頭する、もはや無二で不動の最強魔法ファンタジー。 ◆概要 「ハリー・ポッター」の原作者J・K・ローリングによる「ファンタスティック・ビースト」シリーズ第2作目。原作は同作者の『幻の動物とその生息地』。脚本も同人。監督は前作に続きデビッド・イェーツ。出演はエディ・レッドメイン、ジョニー・デップほかメインキャストが続投する他、「リプリー」のジュード・ロウも。 ◆ストーリー アメリカからイギリスに戻ってきたニュートは、捕らえられていた“黒い魔法使い”グリンデルバルドが逃亡したことを知り、仲間の魔法生物たちとともにパリへ向かう。 ◆感想 まあとにかく魔法世界の不思議な描写が満載。“回れ”“止まれ”杖から発せられる色んな魔法の不思議さしかり、動き出す石像や変化する人面など、コンマ1秒レベルまで細部にこだわったCG映像が体感でほぼ5秒毎。不思議な魔法の世界に強制的に酔いしれ、没頭させられる。エンドロールに表記されたVisual Effectsの人数や映像会社の数も自分史上最多、この映画の第1の魅力である“酔う映像力”がとにかく圧倒的だった。 登場する魔法動物たちの愛らしさも前作同様。かわいいニフラーやボウトラックルが要所で大事な活躍をする様は前作そのまま、新しく登場するズーウーやあの日本の妖怪まで!(公式サイトでは??になってたので伏せます)特に荒々しいズーウーが魔法ネコジャラシ?にゴロゴロ猫化するあの可愛さは個人的にはこの映画のピカイチ笑。 登場人物がかなり増えた分、ストーリーや関係性が複雑ながら、クリーデンスの出生の秘密に迫る軸で見やすくもなっているし、ダンブルドア先生の登場で前シリーズファンへのサービスも満載。この“ダンブルドア”がグリンデンバルドやクリーデンスとの意外なキーになっていく展開も面白い。 ただ反面、前作を見ていないと間違いなくちんぷんかんぷんだし、次作への布石も満載でもう初見の人向けの映画ではないのは、このシリーズの商業的肥大化っぷりからするとしょうがないのかもしれない。あとやっぱり“ファンタスティックビースト”なので、魔法動物達がもっともっと活躍する映画であってほしいのが正直なところ。 また蛇足ながら、リタ(ゾーイ・グラヴィッツ)とナギニ(クローディア・キム)の胸元がやけにセクシーだったのは、男性鑑賞者へのサービスと受け取っておく笑。 いずれにしても次回作にも大いに期待できる、映像力を楽しめるエンターテイメントとして、納得のいく映画でした!
    210
    一度相関関係とか各家系図とか見た上でもう一回見たいかな。 いろいろ詰め込まれ過ぎててついてくの必死だった。 でもやっぱこの世界観好き。 過去のホグワーツシーンお気に入り。
    200
    前日譚に5部作を割く時点で、ホントに作品として評価したくないんだけど、J.K.ローリングの偉大さは揺るがないものなので、もはや作り出された世界観を信奉するか否か、それがすべてなのだと思う。(トールキンがいまも現役で正史を語り継いでいるようなものなので、それは大いに楽しむべきもの) ただその一方で、前日譚の濃度を高めていけばいくほど、どうしたってハリー・ポッターの価値や存在感が目減りしていく。ニュートがどんなに活躍しようと、観客はその先の未来を知っているわけで、ハリーが乗り越えた脅威や喪失などが、過去と比較して大したものでない程度に霞んでしまうのは、なんというか嬉しくない。 個人的に疑問なのが、魔法動物の「あざとさ」で、これ物語の根幹だと思うのですよ。「グリンデルバルドは動物をナメてる」という視点はホントに素晴らしいし、テーマとして突き詰めるべきだけど、観客が「可愛い! うふふ」と感じてしまうような振る舞いを魔法動物にさせてしまうのは、人間のエゴを強調させているようにしか思いません。それはよくない、って話じゃないんですかね、これ。 魔法動物は人間に媚びなくていいし、だからニュートは「クリーチャーを愛でる変なやつ」と思われているんですよ。だれがどう見たって可愛い生物として描いてしまったら意味ないし、逆に見た目の悪い魔法生物は悪側の小道具として使ったりするのが、かなり不快。もっと気持ち悪いクリーチャーにこそ愛を注いでください。てか、ニュートはたぶんそういうやつのはず! それとジェイコブの件。「やっぱり記憶消えてませんでしたー」は前作を完全に台無しにしてますよ。あんな後出しの理由つけるくらいなら、ジェイコブは信用していたので最初から消してないっす、とかのほうが潔いよ。てか、本作からスタートでいいよ。頑張れば三作くらいにまとまるし、頼むからまとめて。 また時代性も無視して、PC的に多様性を広げてしまうのも、まるっきり意味合いが逆転してしまうので、大いに疑問です。時間が経つと魔法界も人間界もホワイトウォッシュが完了してしまうなんて、メッセージとして残酷すぎませんかね。 あと、どうしても出版形態が納得できません。まるでJ.K.ローリングにとって「小説は映画の前段階でしかない」というような姿勢が、小説を信奉しているぼくにとって悪夢的です。トップを独走するあなたがやらないでくれよ頼むからー、と泣きたくなります。 ポッタリアンのエズラくんも嬉々としているようなので、まあこんな不満はだれも抱かないのでしょう。ウルトラ戯言ですね。失礼しました。
    This may contain spoiler!!
    130