The 400 Blows
Les quatre cents coups
1959 · Crime/Drama · France
1h 39m



For young Parisian boy Antoine Doinel, life is one difficult situation after another. Surrounded by inconsiderate adults, including his neglectful parents, Antoine spends his days with his best friend, Rene, trying to plan for a better life. When one of their schemes goes awry, Antoine ends up in trouble with the law, leading to even more conflicts with unsympathetic authority figures.
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LIBRO
3.0
キャロスタミの『友達のうちはどこ?』と伝えたいテーマは似通っている気がする。キャロスタミの方が好み この映画は今とあまりにも時代設定が違うので、感情移入しにくいかも。でもこの映画で、子供が持つ違和感はいつの時代も共通
toa
3.0
タイトル以上に語れることがないくらい、これに集約されてる気がする。 古い時代の話だけど、アントワーヌのような子は自分の同級生にも居たはずで、関心に飢えるあまり求め方を誤るのはとても身近な話に思えた。 鉄格子ごしに見る夜の街はどんなに心細かっただろう…。 最後のアントワーヌの表情、「荒野にて」のチャーリーを思い出す。 彼はどんな大人になるのかな。
しむこ
3.5
映画観賞後、邦題に対しての違和感が残った。 原題は「400回の打撃」。 これは慣用句で、「放埒な生活を送る、あらんかぎりのバカをする」等の意味があるらしい。 毎回思うが、邦題は究極いらない。原題のままでいい。 この映画も「400回の打撃」(アメリカではこのままらしい)ではわけがわからなすぎるので、「放埒」とか。せめて「不良少年」ぐらいにしてほしかった。 なぜか。 ドワネルの家庭環境はもちろん良好とはいえないが、それが不良行為を是とする理由とはならない。 では、なぜドワネルはまさしく「放埒」な行為を繰り返すのか。もちろんある意味での放任と、愛情の希薄さが理由に上げられるだろうが、率直に言えば「放埒」自体を楽しんでいるのである。パリの街を満喫しているのだ。 ドワネルが街を歩くシーン。どの大人より颯爽としているし、街に溶け込んでいるように私には見えた。 ドワネルと似たり寄ったりの少年だった自分のことを思い出すと、よく分かる。 少年はただ無限の自由が欲しかった。 そこで「大人は判ってくれない」という邦題。 これは「判って欲しい」という感情があるのでは、というミスリードに繋がっていると思う。 かわいそうな僕の気持ちを、と。 違う。 ドワネルは自由を求めただけだ。それも「放埒」な。 つまり、理解されようなんて思ってない。私もそうだった。 自分が望む「無限の自由」なんて、理解、容認されようがないことぐらい、少年は判っているのだ。ドワネルは常に堂々としていたではないか。判ってくれない、なんていじけてない。逆なのだ。 あえて私が邦題をつけるなら 「判ってたまるか」 である。 映画は海にたどり着き、放埒の終演、自由の限界を向かえ、不自由で、全てががんじからめである、陸の方を向き直るドワネルのアップで終わる。 ドワネルが見つめている先には何があるのか。 それは管理社会にからめとられ、指先ひとつ自由に動かせない我々ではないだろうか。 私には、ドワネルの目に私たち大人に対する哀れみと軽蔑、そして将来の自分に対する絶望の色が見えた。 -追記- まあ、ストレートに観れば、パリの糞悪ガキがやりすぎて、無責任な糞親に捨てられたという凄惨な話。 なのに、陰惨な感じがしないのは、ひとえにドワエルのあの役柄にピッタリの素晴らしいルックスと演技力。 彼の魅力が全てとも言える。
Unrelated
3.0
This may contain spoiler!!
ひろ
4.0
製作・監督・脚本フランソワ・トリュフォーによって製作された1959年のフランス映画 ・ アントワーヌ・ドワネルはパリの下町に住む13歳の少年。学校ではいつもいたずらばかりして先生に目をつけられている。共稼ぎの両親は、夫婦仲が余りよくなく何かと口論ばかりしていた。そんなある日、遊ぶ金に困った彼は父の会社のタイプライターを盗んで質に入れようするが、すぐにバレてしまい、両親は彼を少年鑑別所に入れてしまう…。 ・ ジャン=リュック・ゴダールの「勝手にしやがれ」と同年に公開され、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したヌーヴェルヴァーグの始まりを告げる作品。トリュフォーの長編デビュー作で、彼の幼少期を題材に作られた作品でもある。 ・ ヌーヴェルヴァーグの土台となった映画評論誌「カイエ・デュ・シネマ」で、それまでのフランスの名匠たちを叩きまくり「フランス映画の墓掘り人」とまで言われたトリュフォーが、自ら映画を撮ることになった時のプレッシャーは計り知れない。しかし、そんなプレッシャーをはねのけたこの作品は、子供を題材にした“こども映画”の最高峰と言える傑作となった。 ・ 一般的に言う“悪い子”が主人公だけど、いつの時代も悪い子を産み出すのは、大人の無理解に他ならない。トリュフォーは自分に重ね合わせた“悪い子”の目線で、大人を糾弾しているのだ。 ・ そんな主人公アントワーヌ・ドワネルを演じたジャン=ピエール・レオは、自らオーディションを受けてトリュフォーに見出だされた少年。この作品以降も20年近くに渡って製作された「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズで、アントワーヌを演じ続けた。ゴダールにも気に入られ、トリュフォーとゴダールの板挟みに苦悩したらしい。 ・ この作品にもヌーヴェルヴァーグの盟友たちが出演しているが、ヌーヴェルヴァーグ初期の、若い力で世界を変えてやるっていうエネルギーと連帯感を感じるのが好きだ。後にトリュフォーは、盟友だったゴダールとも決別してしまう。ヌーヴェルヴァーグを体感するなら、この時期の作品が最高だと思う。トリュフォーの傑作をお試しください。
眠る山猫屋
4.5
子供の事情
사시미공주
3.0
때론 제가 진실을 말해도 믿지 않으니 차라리 거짓말하는게 낫죠!
柘榴(ざくろ)
4.5
「大人は判ってくれない」………。 タイトルだけきくと、なんのこっちゃらの話だが、要するに悪童の話。 悪童は環境にして悪童となるのか?それとも、生まれたときにはもうすでに!? ラスト、真正面からカメラを見つめる少年の虚ろな目が、当時のフランス社会問題や家庭問題に直に訴えているようで印象的だった。
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