レビュー
Milothedog

Milothedog

1 month ago

4.5


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ボーイ・ミーツ・ガール

映画 ・ 1984

平均 3.5

相手を“人間として”好きなのではなく、彼女を好きになることで自分に開かれる可能性や物語に惹かれているだけなのではないか。 アレックスは思考より先に身体が動くタイプで、彼の行動原理を外側から理解するのはほぼ不可能だ。理解しようとするなら、彼の足跡を追うしかない。 暗い部屋で蹲る顔見知りの女性を衝動のまま背後から抱きしめることもあれば、見知らぬ男の落とし物を拾おうとして既婚女性にぶつかり、気まずさを埋めるようにコーヒー代を支払うといった、その場の調子に合わせて動いているだけの行為もある。アレックスの行動はどれも、情熱の発露とも偶然への反応とも読み取れてしまう。 結局のところ、彼の行動をどう解釈するかは、それを“運命”と呼ぶか、“偶然”と呼ぶかの違いにすぎない。 彼女のように部屋に閉じこもることはなく、外に出れば何かが起き、自分を非凡な存在へと導く“きっかけ”が訪れると信じている。タバコや酒よりSサイズのレモネードとミルクを好み、万引きや海洋学者を名乗るといった小さな嘘に抵抗がないところには、まだ少年の気配が残る。そうしたときの彼は、見返りを求めず、ただ出来事を出来事として受け止めている。 だが、彼女と向き合うときだけは違う。アレックスは“運命のレール”に乗っていると信じ込み、見返りを得るための最適解を選ぼうとする。その瞬間だけ、彼は自分の物語を操作しようとする。 だからこそ、彼の行動をいくら観察しても、本質には辿り着けない。アレックスは行動の意味を外側から読み取られたくないのだろう。そしてそれは、彼が特別だからではない。非凡になりたいのに、なりきれない凡庸さの証拠だ。その凡庸さこそが、彼を“ボーイ”に留めている。