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三谷幸喜『おい、太宰』劇場版
平均 3.0
「おい、太宰」は三谷幸喜監督の三作目のワンシーン・ワンカット作品だ。 私はワンシーン・ワンカットの手法の効用を次のように考える。 1. 鑑賞者と物語の経過時間の同期化 2. 物語の流れの追いやすさ 3. 作品の底流に流れる出演者や製作スタッフの緊張感や高揚感 4. 制約の中での表現したいものを追求することで、高度な技法や高度な構成に到達する可能性 逆に、ワンシーン・ワンカットの手法で難しくなるのは、ほぼ、効用の裏返しだが、次のようなものだろう。 1. 平行に走る複数のストーリーを描く 2. 鑑賞者が単一の物語を追うことでの疲れや飽き 3. 製作現場の緊張感が不要な鑑賞者の緊張や疲れを招く 4. 制約のために表現もその限界を超えられない 1作目の「short cut」はほとんどのシーンが迷った山道を抜けようと歩く夫婦のやり取りであり、効用の1~3を目指して成功し、逆に難点の2と3を克服した作品だった。2作目の「大空港2013」は沢山の登場人物がそれぞれに抱えている問題や葛藤をあぶり出すように描いた上で、それぞれのターニングポイントがその舞台に重なり合い、収束して行くところが見事に描かれている。この作品では、効用の全てを体現し、難点の全てを克服しているように思えた。 では、この「おい、太宰」ではどうか。 特筆すべきは、ワンシーン・ワンカット手法のドラマでタイムスリップという設定を選んだことだ。これにより、ドラマでの時間経過は2軸生まれ、また、それぞれが継続性が途切れ空白のある流れになった。一見、これにより効用の1を捨てたように思えるが、主人公の小室が辿る時間としては途切れがない。つまり、同期化している。しかし、また、それ故に、20数分後に出発するバスに主人公夫婦が乗れるのか、また、彼らの愛情の機微、打雷家の人々の和解、太宰とトミ子の心中の行方、と重層的な物語の進行を為し得ている。つまり、ワンシーン・ワンカットでは禁じ手のレベルで考えにくいタイムスリップという設定にすることで、効用の全ての体現、難点の全ての克服に成功している。 タイムパラドックスを知りながら、それを無視して自己中心的に振る舞う主人公が未来を変えてしまう危惧を抱えながら物語は進むが、結局、今に至る時の流れは、このドラマでの出来事も織り込んだものだったという解釈が成り立つ構成はすっきりしといる。また、太宰が己が何を書くべきなのかという苦悩を涙ながらに叫ぶシーンには感動した。