レビュー
キャンベル

キャンベル

4 years ago

4.0


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評決のとき

映画 ・ 1996

平均 3.5

Now imagine...she's white. の破壊力は認める。 が、これは陪審員の感情を利用した議論のすり替えではないかという考えが頭の中にずっとあった。何故かというと本件の論点は、「2人の若者を殺した犯人が明確な殺意を持っていたかどうか」の裁判であったはずだから。弁護士側の最終弁論では上記の論点を捨てて「ファッキンレ〇プ殺人未遂野郎は死んで当然だよなぁ?死ななきゃ無罪になってあんたのところに来るかもしれなかったぜ?」という論法で法制度そのものの可否に挑んでいる。だから、まぁすり替えはせず、前提を覆した感じだ。でも、モヤモヤしちゃうのが、この映画の主題 ・垣根を越えろ(物事を自分のこととして受け取れ) ・法は私たちの感情で作っていくものでもある (「(自分の娘を)強姦し殺人未遂をするクズを殺すことは正義」) の2つをもってしても「無罪」はおかしいと感じるから。 何故なら、 法的な罪「意識がはっきりした状態で、殺意を持って、人が多く集まる場で銃を乱射し、2人死亡1人重症、重傷者はただの巻き添え」 の内の「認識能力がある状態で公衆の面前でアサルトライフルをぶっ放して、善意の第三者が(許してるにしろ)片足を失った」は残るからだ。これも含めて「無罪」はやばくね?って話。極論、この「無罪」をみたレイプ被害家族が同じように犯人を殺そうとして街中で銃弾をばら撒いてそれで自分の家族が死んだらどうするの?って。 評決が頭と心で執行されるものであるならば無罪でも死刑でもなく懲役刑が正しいのでは。 要約すると、陪審員制度って偏りすぎでは?って話でした。つまり映画はとてもよかった。