レビュー
後のSF映画に多大な影響を与えた巨匠リドリー・スコットの代表作。 興行的には失敗したものの、後にコアなファンからカルト的な支持を受け、今となってはSF映画の金字塔とまで称される名作だが、正直自分も初めて観たときはこの映画の良さが分からなかった。序盤はテンポが悪く、画面もずっと暗いので、とにかく睡魔に襲われた。というか寝た。それもそのはず、本作は一度ですべてを自分の中に落とし込めるような単純な作品ではなく、複数回視聴することで徐々に真意が見えてくるタイプのスルメ映画なのである。 ただ、そんな自分でも初見から感動した部分もある。それは、やはりこの圧倒的な映像美。間違いなく舞台は近未来(2019年だけど)なのだが、どこか退廃的で陰鬱な雰囲気が漂っている。歌舞伎町をモチーフにしたという都市風景も斬新で、そして何より美しい。この唯一無二の世界観に浸るだけでも十分に価値がある。 肝心のストーリーも非常にシンプル。しかし、その背後には「人間とは何か?」という哲学的な問いかけが含まれている。ロイ・バッティをはじめとするレプリカントたちは、確かに残酷な面もあるのだが、その一方で、ただ「生きたい」という一途な願望を抱えている。奴隷として過酷な生活を強いられ、たった4年という僅かな寿命しか与えられなかった彼らは、その分【生】に対する執着心が強い。そんな彼らとは対称的に、人間である(?)主人公のデッカードは淡々とレプリカントを処分(殺害)していく。【生】を渇望するレプリカントと【死】の制裁を加える人間。どちらが本当の「人間」なのだろうか?「人間らしさ」とは一体何なのか?この映画は、そんな深いテーマにまで踏み込んでいるのだ。 それと同時に、本作は、ロイ・バッティとデッカードが互いに「アンドロイド的」な存在から「人間的」な存在へと成長する物語でもある。ロイ・バッティは自分(たち)の【生】に執着するあまり、他人の【生】には目もくれず、人を簡単に殺害してしまう。この時点では、彼もまだアンドロイドに過ぎない。しかし、自分の寿命を変えられないことを理解し、死を悟った彼は、ラストでデッカードに対して「ある行動」をとる。そこで、彼は初めて「人間的」な存在になったのではないだろうか。対するデッカードも、標的となるレプリカントを躊躇なく殺害してしまう、極めてアンドロイド的な人物であった。そんな無慈悲な彼も、レプリカントであるレイチェルと出会い、【愛】を育むことで徐々に意識が変わっていき、そして、ロイ・バッティの最後の行動によって完全に心を動かされたのだろう。そこで、ようやく彼も「人間的」な存在になったのだ。その後の彼の「決断」からもそれは汲み取れる。 原作であるフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』も実際に読んでみたのだが、かなり改変されている箇所が多かった、というかほぼ別物に近い。そもそも「ブレードランナー」や「レプリカント」なんて単語は一切登場せず、前者は「バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)」、後者はそのまま「アンドロイド」もしくは「アンディー」という呼び方をされている。その他、登場人物、ストーリー展開、結末など大きく変えられており、特にロイ・バッティ(原作ではロイ・ベイティー)のあの名シーンがないのには驚いた。しかし、それぞれのアプローチの仕方は違えど、「人間らしさ」を問う本質的な部分は同じ。原作者のディックは「人間らしさとは?」という問いに対して「それは自分がどれだけ親切であるかどうかだ」と回答している。これはまさに当を得ていると思う。彼にとっては、体が人間であろうとアンドロイドであろうとそんな生物学的なことはどうでもいい。ただ「親切」であればそれは人間であり、それ以外は人間ではない。「目の前にいる瀕死の人間(生命)を助けたい」「愛する人を守りたい」そんな親切心を持つ者こそが本当の「人間」と言えるのだ。これはまさに『ブレードランナー』が言いたかったことではないだろうか。ディックの考えを自分なりに解釈し、圧倒的な映像美と共により映画的に昇華させたリドリー・スコットの功績はやはり大きい。 ただ、一つ不満もある。それはリドリー・スコット自身がデッカードをレプリカントだと断言してしまっていること。これはよくなかったと思う。デッカードがもしレプリカントなら、「人間」と「アンドロイド」という二項対立が成り立たなくなってしまうのではないか。ここは明言を避け、どちらでも解釈できる程度でとどめておいてほしかった。 とまあ、ここまで長々と文章を書きましたが、これもただの個人的見解に過ぎないです。それくらいこの映画は、複雑で、重層的で、考察しがいのある奥深い作品なのです。
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