レビュー
オープニングから、普段の細田さんのエンディング演出で驚きました。家族の歴史をダイジェストで見せるのに、写真というものはとても良いですね。 建築家が設計したオシャレだけどちょっと使い勝手の悪い家、というのもしっかり描かれていて良かったです。子ども部屋から玄関に行くために、わざわざ階段を上って下りなければならないというめんどくささ。いかにもデザイナーズ物件にありそう。誰かが脚を悪くしたらどうなるのか心配になってしまいます…。 そして始まってすぐあたり、雪片の描写が……これはもう、さすが細田さん!感動して思わず唸ってしまいました。 細かいところになりますが、後半、くんちゃんが紙パックの飲み物を飲むまでの一連の動きもグッときます。ああいう描写からキャラクターに命は吹き込まれていくのでしょう。お母さんの鬼ババ顔や、未来ちゃんに泣かれて青くなるお父さんなど、リアリティにこだわらずアニメならではの表現に振り切るところも良かったです。 細田作品お約束の、バーチャル世界でキャラの輪郭線が赤くなる描写もあって、ファンとしては嬉しいところ。文字通りの、玉のような汗も良し。(やたら息が荒いシーンが続くというのが、ここ最近無い気がするのが残念…) なにより、前作『バケモノの子』でも息を飲みましたが、やはり今作でも凄い、圧巻の風景描写。家の小さな中庭が突然あんな素敵な景色になれば誰だって、おおおおお!!と思うのではないでしょうか。これ冒険はじまっちゃうよ!と。傘を引きずる少女と、くんちゃんが歩くシーンもとても良いですね。そして、過去の海岸沿いの荒れた道路(対向車のサイドミラーがボロボロなのが憎い!)。あのシーンは、今夏バイクに乗りたくなるシーンNO.1とさせて頂きます。そして、近未来的・幻想的な東京駅。ドーム型の天窓や、なぜか巨大な鈴の下が待ち合わせ場所だったり、レトロフューチャー感が素敵です。 ------------ さて、今作はたぶん批判的な意見が多く出るかと思います。原因は、観客が予告などを観て期待しているものと、実際に監督が作るものが、ズレてしまったからではないでしょうか。 今作では、タイトルの『未来のミライ』から想像していたほど、未来のミライちゃんがメインではないというのが、観客の期待と大きくズレてしまったところだと思います。観終わって頭に残っているのはどちらかというと「過去の曾祖父」……。 予告編などから我々観客が期待していたものの一つは、未来のミライちゃんが活躍するドラえもん的な未来改変モノ、だったと思います。未来で家族が何かしらのピンチになって、ミライちゃんが幼いくんちゃんのところに何かしらの方法でやってきて、家族の歴史をさらにさかのぼり、一緒にピンチを乗り切り絆を深めて、くんちゃんも兄としての自覚に目覚める、という話。 比べて本作は、くんちゃん一人称目線での白昼夢的なイメージの断片が、たまに現実とクロスする形で進んでいきます。成長も一進一退で不安定です。こちら方が実際の子どもから見た世界に近いのかもしれませんが、観る人を選ぶように思います。たとえばああいう感じの子育てを経験したことのある人(監督のコメントに、“どこにでもある”たった一つの家族とありますが、個人的にはあんなオシャレな家族はなかなか無いと思います。どこにでもある家族はボルボに乗ってない……)や、もしかするとくんちゃんに近い世代の子が見ると、身に迫って感じられるのかもしれません。しかし、34歳独身地方住まい平社員の自分としては素直に納得できる部分が少なかったです。断片的に挿入されるエピソードにあまり脈絡がないというか。くんちゃんが電車好きというのは描かれていますが、突然寂れた駅が出てくるとか、遺失物係の担当者と時計が絵本的なキャラクターであるとか、乗せられそうになる新幹線のデザインがいかにも悪そうなデザインであるとか。合理的な説明なしでかなり直感的に登場するので、そのイメージの連続に置いてかれてしまった印象です。(くんちゃんがふだん読んでいる絵本からの発想なんだろう、とかいう理屈はつけられます) おそらく監督としては、序盤の、犬のしっぽを付けて走り回るくんちゃんと、それを見てごく自然に犬が走り回っていると見えているおとうさん、というシーンで、この映画は現実的・合理的なものではない、ということを見せているのだと思います。それだけに、あのシーンを上手く処理できない観客はそこからずっと置いていかれることになってしまいました。 ------------ 個人的に特に残念だった点は、クライマックスで未来のミライちゃんが、庭の木のことをいきなりセリフで説明しはじめてしまったところでしょうか。庭の木をそういう重要なものとして扱うなら、前半からもうちょっとフリがあっても良いのではないかと思いました。あのセリフはくんちゃんに対するセリフというより、観客に向けた説明ゼリフのような気がしました。それまで不思議なことが次々と説明なし・理屈なし・合理性なしで起こっているのをなんとか受け止めてきていた分、急に説明が始まってしまったギャップにガッカリしてしまいました。 あと、せっかくアルバムの写真を使って家族(おかあさん)の歴史が説明されるのだから、未来ちゃんが生まれてからの写真を撮る、というシーンがあっても良かったのではないでしょうか(ビデオ撮影はありましたが)。使い古された演出ですが、その写真がアルバムに加わって、そしてページがめくられると未来にもつながっていき、たとえば幼い兄妹が一緒に8の字ダンスではしゃぎあっている写真が出てきたり、寂れた駅に出てくるあの少年も(登場したときになんとなく誰だかは分かるのですか)、ああいう紹介の仕方ではなく、アルバムをめくっていくとやがて現れる、という演出の方が、観客にとっては良かったんじゃないかと思いました。 これもちょっと疑問に思ったところなのですが、お父さんがくんちゃんを保育園に連れていくシーンですれ違う、カッコいい男子学生と、それを追っかける女子学生。あとで、未来のミライちゃんにも好きな人がいるらしい、というところへつながるのは分かるのですが、ああいうフリがなくてもそれと分かりますし、登場する人物が増えてしまって余分なシーンだったと感じます。 そして、そもそもの問題として申し訳ないのですが、くんちゃんに上白石萌歌さんの声が合っていないようにも感じました。これは個人的・生理的なもので、観る人によって感じ方は違うのでしょうが。 ------------ 細田さんご本人曰く、野心作、ということなので、観客の反応も織り込み済みなのだと思います。おおかみこども以降、細田さんは分かりやすいエンターテイメント色よりも、家族を作るという一筋縄ではいかないものをなんとか作品にしようとしている風に見えます。細田さんはご自身の経験を作品に反映されていく方なのでしょう(女系家族が多いのも、たぶん細田さんのご家庭がそうなのだろうと勝手に考えています)。 いまはだんだんと観客の期待からズレていっているところですが、たぶん、一周して戻ってくるとか、ズレすぎて逆にすごいことになる、ということがあると思います。 なにより先にも書いたように繊細な風景描写など、細田さんの作品でしか観れないものもあるので、細田作品はこれからも観ていくつもりです。
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