
北丸

淪落の人
平均 4.1
封切り日(という言い方がもう古いんですかね…)に鑑賞。ネタバレしますので、見たくない人は見ない方がよろしいかと。 以下ネタバレ含む あのアンソニー・ウォンがノーギャラで! 香港版「最強のふたり」! という煽り文句はとりあえず捨てよ?という映画。確かに屈託のある身体が不自由な人が、貧しい回想の人と理解し合いながら生きる、という点においては「最強のふたり」と似ているけれど、これは全くの別物。舞台設定も主人公の設定も、その根底に流れる意識も完全なるオリジナル。「似てる」だけ。 主人公は、不幸な事故で肢体不自由となった元ブルーカラーの中年男。事故の賠償金で生活しているものの、決して有り余る金があるわけじゃないし、自己実現することもできないし、妻とは離婚して孤独な生活を送っている、極々ありふれた男性。ままならない生活に偏屈になってしまった(元々は優しい人である)ことが示唆されるが、偏屈すぎる上に香港人が持つ「外国人家政婦」(それは往々にしてフィリピン人)への偏見があるから、世話をしてくれる家政婦が居つかない。そこへやって来たのがもうひとりの主人公。知性と強さを持った女性だけど、逃げるように香港へやって来た人。不幸な背景のせいで、少し陰気な雰囲気を身にまとっている。 家事がほとんどできない家政婦=本国ではそれをしなくて良かった立場であることが随所に示唆されているが、元看護師という経歴や、本国には帰れない事情もあって必死に仕事をする女性主人公と、偏屈なオッサンだけど本来は人の孤独を敏感に感じることができる男性主人公は、少しずつ心の交流を深めていく――あらすじを書くとこんな感じ。 この映画のさじ加減は憎たらしいほど上手い。安易に流されれば恋愛になるかもしれない(パンフレットでは最初はそうだったって書いてあった)関係性を、そうしなかったことに尊さがある気がする。友情というより、家族愛、親子愛に近い二人の関係を、素晴らしいさじ加減で描き出した監督の力量はすごいと思った。 そして、怪優ともいわれるアンソニー・ウォンが、素晴らしい仕事をした。もうひとりの主役であるクリセル・コサンジも、これが映画デビューとは到底思えない演技で、この映画に味わいを加えてくれている。 主人公二人の抱える屈託、背負っているもの、そう言ったものが少しずつ変化していく過程を二人は瑞々しく演じきった。美しく切り取られた香港の風景もまた、その変化を補強する。 この映画に悪人は出てこない。だけど、皆が少しずつ「悪さ」をしたり、嘘を吐いたりして、きちんと人間が描き出されている。最後の方で、家政婦仲間のお姉さん役の人が、雇い主が死んだことに号泣していたのは、そういうことなのだろうなと。強かに要領よく……確かにそれも大事だ。でもその根底にある人間の本性というものもまた尊い。そういう人を金銭的な強弱によって搾取することが果たして是なのか否なのか、そう問われているような気がした。 香港が構造的に含む「搾取」の問題を、目をそらさずに描いたこと、搾取される側のしなやかな強さを描いたこと、搾取する側の屈託を描いたこと、そういう意味でもこの映画は意義深いものになるかもしれない。 いずれにせよ、もうちょっと話題になって然るべき映画だなと思うのよね……(´・ω・`)