
星ゆたか

エゴイスト
平均 3.6
2024.2.20 一昨年の話題の映画。高山真氏(1970~2020)原作を試し読みで二章ほどまで。本作は著者の自伝的内容で。 映画化の話から主演を、鈴木亮平さん39歳が演じる事を聴くが。 残念ながらすい臓がんで完成作品を見ずに他界なされたとの事。 映画は主人公の母親が14歳の時亡くなっている事は作品の焦点して語られているが。 一方、小中学校で陰湿ないじめ(オカマ!男女!)を受けている事で自殺も何回も考えた辺りの事は触れられてなく、残念だ。 そのため、そんな奴らを見返す為に高校から猛勉強し、大学卒業後ファッション誌の編集員で成功し現在に至るまでの主人公の〈人間の軸〉が映画の印象として、強く確立してない。 だからブランド服を過去の自分から守る〔鎧.よろい〕にして 現在の彼は身にそれをまとっている様子。 田舎に帰る時はそれが顕著でとの説明の場面。 街頭で見る作業服の同年代の男に。 悔しかった過去に。 (どうだい!)という現在の優越感を感じるこの男の生きざまのバネが強く出なかった。 映画は興行成功の為か。 前半に見せ場として、魅力的俳優を揃え。 特に主人公と同性愛趣向の同じ青年との出逢いと性交の描写が念入りに丁寧に、ドキュメンタリー的とも感じられる感じで描かれている。 が、印象としては映画的には、過去の感じられない人間の幸せ感は“平坦な”感じで。 だからそれよりは前記した、いじめられ悔しかった子供時代の描写を設けた方が(例え性愛の描写を減らしても)良かったのではないかと思う。 せっかく主人公の少年役を別に設け、振り当てていて。 これが母親への思いだけに映像編入させるだけではもったいない。 それは相手側の男性も言えて。 『地獄のような日々』と彼も過去を省みるセリフはあるが。 最近の個人指定の売春の様子に、その“地獄感”は感じられないので。 ここは二人とも苦しかった10代の描写はやはり必要だろう。 主人公の二人とも自らの性趣向を、世間には隠しながら生きてきた。 片方は過去に亡くした母親への悔恨を持ち、時々は帰省して一人暮らしの父親に合う。 もう片方は不貞な父親があてにも出来ず、高校を中退し病みがちな母親の面倒を働き(自分の体を売っても)ながら母子で生きてきた。その働きぶりから借金の返済もあるのではと思うほど。 つまり映画では同性であれ、異性であれ。大切な事は人との出会いであり。 そして結局は息子と母親の関係での。愛情の掛け方こそ〈愛の本質〉であり。 強いては相手が男であれ女であれ。あるいはその愛の対象は人間ばかりではないとの見解だ。 更にそこに至るまでの我々の普通の対象への愛情の持ち方とは?。 大抵は《エゴイスト》〈自己満足の愛〉なのではないかという作品の視点である。 でも前半の描写が。 彼らの置かれた状況が、世間的にはやはり人目を避ける現代なのに。 その表面的な個の今の世界だけに没入している(過去から遮断)から。 その後の展開、相手宮沢氷魚(ひお:29歳)さんの過労突然死。 続くその彼の母親の死へと暗示させる展開とが。 どうしてもお涙頂戴のお話に終始した感じになってしまった。 しかしながら鈴木亮平さんの役への取り組み方は。 いつもながら完璧で。 監督からは『演じる役の血を自分の体に通わせる事を惜しみなくやる』と言わしめ。 原作に惚れこみ自身は『他人とは思えないほど敬愛している』と述べている。 また共演の阿川佐和子さんの母親像も見事なもんです。 また宮沢氷魚さんは,あの♪島歌♪BOOMの宮沢和史さんの息子さんだと、遅らばせながら知りました。 そして性的マイノリテイへの取り組み。セリフや所作、動きには専門のスタッフも参加して。 “偽りのない光景”の再現の映像だ。 彼らのオネイ言葉やしぐさの時と、普通の言動の入り交じっているのもソレらしい。 ともかく【EGOIST】自己中心的な、利己主義者などの意味を考える事に。 反対語に。【ALTRUIST】利他主義者、他人の感情や利益を大切にする人。 ともある。