
dreamer

橋の上の娘
平均 3.5
パトリス・ルコント監督が、切なくも美しい愛の寓話を作り上げた。それがこの映画「橋の上の娘」だ。 男運の悪さに絶望し、橋の上から身投げした娘とそれを救ったナイフ投げの曲芸師。 不思議な運命で結ばれた男女の純愛の物語。 ナイフ投げと的という、男女のSM的な設定が絶妙だ。 パトリス・ルコント監督らしいフェティシズムに溢れたナイフ投げのシーンは、この上なくエロティックでもある。 ナイフが一本一本、身体スレスレに刺さるたびに、ヴァネッサ・パラディが吐き出すあえぎ声、悦楽の表情が何とも色っぽく、しかも、ダイエル・オートゥイヤとの間で交わされる官能的なセリフは、ほとんどセックスをしている男女のそれを限りなく連想させる。 パトリス・ルコント監督は、近年の映画に氾濫するセックスシーンを排除して、真の官能を追求しているかのようだ。キスシーンすらないラブ・ストーリー。 そのものズバリは見せず、この直接的な描写を控えた演出は、映画の表現の一つの在り方を示した、優れた美学の境地にまで達していると思う。 パリ、モナコ、サンレモ、アテネ、イスタンブールと紡がれていく世界を舞台にした愛の行方にもドキドキさせられる。 みるみるうちに、ツキに恵まれていく二人の時間は、観ている方も楽しくなってくる。 そして、離れ離れになった遠い空の下で会話を交わす二人。正直、これには驚いてしまった。 こんな荒唐無稽なシーンを堂々とやってのけてしまう、パトリス・ルコント監督に拍手を送りたいほどだ。 加えて、時には躍動的に、時には静謐に二人の心象風景を描き出す美しいモノクロ映像も、実に素晴らしい。 ベニー・グッドマンのスウィング・ジャズ、アラブ系の音楽、マリアンヌ・フェイスフルの物憂げな歌声といった音楽の使われ方も適材適所で、実にムードがあるのだ。 生と死が交差する橋の上での男と女の皮肉な関係が、このドラマの核になっていると思う。 本当に救われたのは、女なのか、それとも男なのか? そんなことに思いを馳せながら観るのも面白い。 この作品は、同じくパトリス・ルコント監督の「髪結いの亭主」の対極に位置する映画だと思う。 「髪結いの亭主」のヒロインは、幸福の絶頂で唐突な死を選び、その愛を永遠のものとする。 一方、この作品でのキャラクターは、死の影を色濃く引きずりながらも、生きる道を選ぶ。 先にはもっと素晴らしい幸福が待っているか、思いがけない不幸が待っているかはわからない。 ただ、持続する愛を信じようとする男女の姿は、観ている私に勇気を与えてくれる。 いずれにしろ、この現実世界と夢の世界の波間を漂うような、不思議な感覚こそが、パトリス・ルコント監督の映画の最大の魅力だと思う。