
星ゆたか
4 years ago

SF/ボディ・スナッチャー
平均 3.2
2022.3 『あれっ?どこかで見たことある話。』と思ったら、やっぱり二年前に、「ボディ・スナッチャー│恐怖の街」(1956)ドン・シーゲル監督作品を見てました。でも全体的に本作同年に「スター・ウォーズ」などが公開されている状況から考えて、技術的にはもう少し新しさを出せる所を、原作小説の時代と初版の映画への敬愛を込めてからなのか、ハンドメイド(手作り感)な古典S・F感性を出していると思った。 映画的には、音響効果と撮影手法を屈しての、不安と恐怖の世界観構築は中々のものでした。 豆のサヤからなるイメージの、宇宙の未確認細菌による侵略の世界は、自分の嗜好ではないので、好印象感は薄い。 そこで考えた。私にとってこの作品って。 映画の中で演じる俳優の、人間的表情と無感情の二面性を見る楽しみはある。 登場人物が、『顔や姿は一緒だけど、心がない空虚な別の人間!』と。劇中さかんに怖がる所だ。その辺から想像思考の域を拡げてみたら。 例えば、私達の日常で、身の回りの人達が、ある時を境に 突然それまでの自分に対しての対応と違い、無感情で接しかけられてきたら、どうだろうか? 身近な存在なら非常に困るし、悲しい!。 あとよく学生時代や、時には働く職場できかれる〔集団シカト〕あるいは〔思考統制・風評被害〕などなど。 あんなにそれまで普通に接していたのに、ある時から、まったく無視されるという世界。これらからは、人間同士の感情のもつれから生まれる、また明らかにある目的のために意識統一された、未確認細菌(心情エネルギーのかくはん作用・脳内細胞の一つを破壊)の侵略?なんてね、思ったりするんですけど。ちょっと作品の世界からは、ズレてしまうかな。