レビュー
【映画ではない映画】 オリンピック会場の実際の事件と、メディアの在り方を問う映画。SNSである意味誰もがメディアである今、オリンピックイヤーの日本でこれはもはや映画の範疇を超えたリアルさがある。 ◆概要 第92回アカデミー賞助演女優賞ノミネート作品。原作はマリー・ブレナー「American Nightmare: The Ballad of Richard Jewell」('97)で、実話に基づく物語。監督は「アメリカン・スナイパー」のクリント・イーストウッド。出演は「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」のポール・ウォルター・ハウザー、「ミザリー」のキャシー・ベイツ、「スリー・ビルボード」のサム・ロックウェルら。 ◆ストーリー 96年、五輪開催中のアトランタで、警備員のリチャード・ジュエルが、公園で爆弾入りのバッグを発見する。一時は英雄視されるジュエルだったが、FBIはジュエルを第一容疑者として捜査を開始。それを現地の新聞社とテレビ局が実名報道したことで、ジュエルを取り巻く状況は一転する。 ◆感想 冤罪にとことん切り込んだ作品。対象が無差別テロなだけに、問題が個人対FBIとメディア、引いては個人対国になっていく図式に映画の迫力がある。描かれる捜査手法がとても具体的かつリアルで、ヒーローのはずの主人公や家族が追い詰められていく様は、まるで自分も追い詰められていくようで心が痛くなる。オリンピック会場での出来事を描いた本作は、オリンピックイヤーを迎えた日本で、もはやただの映画ではない感覚。なまじメディアに携わる立場の自分には、めちゃくちゃ考えさせられる映画だし、SNSでもはや誰しもがメディアである今の時代、この映画が問う問題はとても切実。 ◆図式 日本でも冤罪映画や、実際の冤罪事件も多くある中、この映画が個人対国に図式が広がっていく大ごと感がまず映画として面白い。ボビのスピーチが大統領を名指ししていたのが象徴的だった。まだ無差別テロに対しての警戒が強くなかった20年以上も前の出来事で、メディアもこぞって事件を扱い、国レベルで混乱した様が伝わってきた。 ◆FBI FBIの操作手法やメディアの情報の取り方も実にリアルで、展開にグイグイ惹きつけられる。虚偽の証言を取ろうとしたり、証拠品の押収(返却のやり方には怒りを覚えた)、指紋に髪の毛の摂取、、そして盗撮まで及ぶのには驚いた。その徹底ぶりに、無実のリチャードがあわや犯人に仕立て上げられるのではとシリアスさが増していく。 ◆メディア 登場した記者は、事故現場で特ダネを祈り、人の車に無断で乗り込み、枕で情報を取る、悪の枢軸のような描かれ方だった。それこそ逆に映画がこの事実を伝えるメディアの立場に立つ上で、その描き方に少し疑問はありつつ笑、なまじこんな記者がいても不思議ではないし、実際に記者が公衆電話までの距離を測るシーンが、この映画の言いたいことだったのだろうと思った。“事実を伝えるのが仕事”と話す記者に、自らの裏取りを徹底しろ、そうでなければ次のリチャード・ジュエルが生まれ続ける、そうこの映画が言っているようで、そして自分に言われているようで、身が引き締まる思いだった。また、最近常磐道暴行事件で関係のない女性がSNSで拡散されたように、今や誰しもがメディアで、冤罪を助長してしまう時代。冤罪とメディアの問題を問うこの事件を、今の時代に映画化した製作側の意図、それを感じ取らずにはいられない。 ◆キャラクター どこまでも純粋無垢なリチャード。母親から怒鳴られるほど捜査に味方し、FBIからの呼び出しにも、ゲイじゃないことを証明する、と大事な点が抜けてしまう。そんな彼だからこそ、見る側は感情移入してしまうし、追い詰められる彼に心がより痛む感覚だった。そしてボビ。リチャードを助ける術が分からないと嘆く涙も、その息子を助けるためのスピーチを終えた後の涙も、とても息子を思いやる優しさに溢れていて泣けた。 ◆ 御歳90歳のクリント・イーストウッド。こんな重厚な映画を作り上げるなんて相当なエネルギーを使うだろうに、いつまで彼の脳と身体は衰えないんだろうか。もはやレジェンド中のレジェンド、まだまだ彼のこれからの作品に期待したい。
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