
Till

ベネデッタ
平均 3.5
『ロボコップ』『トータル・リコール』のポール・バ―ホーベンが監督・脚本を務めたドラマ映画。 ポール・バ―ホーベンは個人的に3本の指に入るくらい好きな監督。バイオレンスやセックスを容赦なく描き、皮肉の利いたブラックユーモアを多分に含む過激な作風でありながらも、その背後では確固たる骨太なメッセージが流れており、なおかつエンタメとして抜群に面白い。御年84歳になったバ―ホーベンだが、相変わらずらしさ全開で、全く衰えを感じられない快作だった。 本作では17世紀に実在した修道女ベネデッタ・カルリーニの壮絶な半生が描かれる。彼女は幼少期からキリストのビジョンを見続け、奇蹟を起こす力を持っていると民衆から崇められた一方で、同性愛の罪で裁判にかけられている。いまよりもさらに女性の地位が低かった17世紀の男尊女卑社会で、女性かつ同性愛者であるベネデッタが宗教を利用して権力を掌握していくという物語はいかにもバ―ホーベンらしい。 過去作を振り返っても、バ―ホーベンの女性観というのは一貫したものがある。そもそも彼の描く世界はたいてい男尊女卑社会(それはつまり現実の社会であるのだが)で、映画に出てくる男のほとんどは女性を性欲のはけ口としか考えていないようなバカばかり。バ―ホーベンの映画では、そんなバカな男たちが支配する過酷な環境下でもたくましく、そして賢く生き抜いていく女性の姿が中心的に描かれており、その点で非常に女尊男卑的な描き方と言える。かと言ってフェミニズム映画ともまた異なる印象を与えるのは、ヒロインの「強さ」というよりも「しなやかさ」が強調されているからだろう。 というのも彼の映画のヒロインはある意味で「狡猾」であり「ずる賢い」のである。例えば『ブラックブック』に登場するロニーというキャラクター。主人公の友人役である彼女はオランダ人でありながら戦時中はナチスの軍人の愛人として生活する。しかし、戦争が終わってドイツが敗戦すれば一転、今度はオランダ人の軍人の恋人になるのだ。これだけ聞くと彼女は「卑怯者」に思われるかもしれない。しかし、彼女は持ち前の笑顔と愛嬌を武器に、戦時中はナチスの愛人になることで身を守り、戦後はオランダ人の恋人になることで迫害を逃れ、軍人たちが支配するこの厳しい男尊女卑社会を見事に生き抜いたのであり、そしてそのためには「狡猾」であり、「卑怯」になる必要があったのだ。確かにそういった女性たちは熱心なフェミニストが理想とするような「強い」女性ではないのかもしれないし、男尊女卑社会を覆すこともできないかもしれない。バ―ホーベンは彼女たちを苦しめる男尊女卑社会そのものに批判や皮肉を込めつつも、その世界の仕組みを理解したうえで、そのなかで「しなやかに」生きることで男を凌駕していく女性の姿を描き続けている。実際、劇中でロニーはイヤな奴としてではなく、チャーミングでキュートなキャラクターとして描かれており、明らかに肯定的なイメージをもたせている。『娼婦ケティ』や『スペッターズ』、『グレート・ウォリアーズ』、『ショーガール』などに登場するヒロインたちも同様だ。 本作の主人公ベネデッタも御多分に漏れず。彼女も魅力的であり、そしてインテリジェンスである。キリストのビジョンが見えたり、手足に聖痕が現れたり、ベネデッタが引き起こした奇蹟の数々を信じ込んだ人々は次第に彼女を崇め始める。しかし、本当に彼女にはキリストのビジョンが見ていたのか、ここの真偽ははっきりとは明らかにならない。聖痕に関しても彼女の自傷行為によるものである可能性が示唆されている。宗教を熱心に信じる純粋さゆえに権力を手にしたのか、それとも権力を手にするために宗教を利用したのか、ここが曖昧なままなのがサスペンスフルで面白いし、そしてここにも過去作に通じるバ―ホーベンの女性像が浮かび上がってくる。 R18+指定で過激な場面が多く、その点で観る人を選ぶ作品であることには間違いないが、息もつかせぬ勢いとエネルギーに満ちた凄まじい130分間でした。