
金木研

ベイビー・ブローカー
平均 3.5
「捨てるなら産むなよ。」 鈍い衝撃を放つこの一言で幕を開ける本作は、是枝作品特有の家族観を内包する「母親」の物語だった。 赤ちゃんポストに預けられる赤ん坊を、事情があって正規の手続きで引き取れない人たちに横流しする《ベイビー・ブローカー》のサンヒョン(ソン・ガンホ)とドンス(カン・ドンウォン)。 ある日、若い女性が教会の赤ちゃんポストに赤ん坊を預けに来る。サンヒョンはいつも通りこっそり連れ去るが、気変わりしたのか翌日彼女は教会を訪れ、赤ん坊を連れ戻そうとする。教会の孤児院で働くドンスはその女性・ソヨン(IU)に事情を伝えると、どういう経緯かソヨンは彼らとともに赤ん坊に相応しい養父母探しの旅に出ることになる。しかしソヨンには彼らには言えない事情があり... 赤ちゃんポストというものの存在意義を改めて認識させられたと同時に、善悪の二元的な指標では片付けられない混迷極めた実態のドス黒さを目の当たりにした。いまだに賛否両論が存在するが、こういったものに縋ることしかできない弱者は少なからずいる。本作を見れば、そういった社会からこぼれ落ちてしまった者たちに救いを差し伸べるこの制度に対する考え方がきっと変わる。 また生物が命の連鎖を途切れさせずに命を紡ぎ続けきたことがいかに奇跡的なことか、そして親が親であることがいかに当たり前のようで偉大なことかを実感するだろう。 最近「親ガチャ」というフレーズが流行ったが、今の時代らしい繊細さのかけらもない悪意に満ちた言葉だ。軽々しく口にしていいものではない。 子供は親を選べないかもしれないが、親だって好きで子供を不幸にしてるわけではない。そういった肩身の狭い思いをして生きてきた女性たちの背中を優しくさするような作品だった。 作品内でもそういった議論を組み交わしているシーンが印象に残っている。ソヨンは赤ん坊を捨てなければいけない母親側の事情を語るのに対して、ドンスは自身が捨て子だったこともあり、そういった母親の無責任さに怒りをぶつける。しかしこの争いに勝者も敗者もいない。なぜなら両者とも言い分は紛れもなく正論だからだ。だからこそ彼らは少しでも救いのある、幸せになれる方角に進むことを決意する。 不思議と内容はダークなのに心が温まるお話だった。家族という概念が薄れつつある現代に、是枝監督お得意の「擬似家族」を通して家族の必要性を説いていた。これも全て是枝監督の絶妙なバランス感覚で成り立っている。 ストーリー的に大きな盛り上がりはなく、静かに淡々と展開していくものの、色々な考えが頭を巡っているうちに気がつけば飲み込まれていた。サンヒョン一行とサンヒョンを追う刑事視点で物語は進むから、サスペンス要素が全くないわけではない。ただ話を無闇に盛り上げるようなことはせずに監督もあくまで傍観者的な位置で彼らの行く末を見守っているようで、それがこの作品の良さを際立たせていたと感じる。 演技も素晴らしい。特にソン・ガンホはカンヌの男優賞受賞も納得の出来だったし、カン・ドンウォンとIUもそれぞれが彼らにしか表現できない悲しみや過去を引き連れているような貫禄のある演技を見せつけていて惹きつけられた。個人的に観覧車の2人のシーンが本作で一番印象に残っているから、今から見る予定のある人には是非そこに注目して欲しい。 最後も希望のある終わり方で非常に後味が良かった。全員幸せになってくれ。是枝監督自身救いのない話にするのではなく、救いはあるということを伝えたかったとおっしゃっていて良かった。これに勇気をもらえた人はきっといる。 実は『万引き家族』しか観てなかったから食わず嫌いせずに、彼の他の作品も見てみようと思えた。とてもよかった。色んな人に見て欲しい。