
畳田三畳

ザ・ホエール
平均 3.5
ザ・ホエールを語るにあたり、劇中の台詞「人は誰かを救うことなど出来ない」は見逃せない。この映画の主題はここにあると思うのでぜひ考えて欲しい。 余命僅かの巨漢チャーリー。 疎遠になった娘エミリー。 チャーリーの死んだ彼氏の妹リズ。 チャーリーの元妻。 新興宗教ニューライフの宣教師トーマス。 オールキャスト、このキャスト達すべての相関を思い返すと、大なり小なりお互いに救いたいという動機があって成り立っている関係である事に気付く。それは部外者であるピザ配達員ですらこの映画では救いに当てはまり、意図的にその様に作られてるのだ。映画では人は人に関わらずにいられない。救わずにはいられない生き物だと描き、チャーリーも本編でそんな人間を賛辞している。 しかしこの映画は酷いのだ。様々な形の救済を描き見せるも、人は誰も救えないと言う。愛は愛するものを裏切り、愛が人を殺し。裏切りは絆を断ち切り憎しみを産み。耐え難い苦しみは己を忌むおぞましい物に変えた。残った哀しみは、誰も何も癒しちゃくれない。神に至っては欺瞞に満ちた救済を示し、チャーリーの過ちを糾弾さえしてくる。 そう。 この映画は絶望に満ち満ちている。 救いはない。 人生に救済はなかった。 もういい、死にたい。 死のう。 しかし、余命僅かな彼には願いがひとつある。娘だ。疎遠になった娘だけは何が何でも救いたい。娘に自分の美しさを自認させたい。彼女を裏切り、まして死に急ぐ彼にはそんな資格はどこにもない。でも救いたい。神にも愛にも見放された彼は、他の何もかも犠牲にしてでもその願いだけは突き通す。娘のために自身の延命をしようともしない。なんとも身勝手な父親で美談とは言えない代物。道徳家にはとても不細工に映る話しだろうが、そんな人は何処かの聖人や英雄映画でも観覧すればいい。エモーショナルなヒューマニズムを大層に説いている訳でもなければ、人生の大義なんてものも描いてる訳じゃない。人は誰かを救うことなど出来ないが、それでも…それでも願いたいし願わざる得ず、救いたい。ただ、ただそれだけ。この作品は、救済という欺瞞に死ぬまで抗い通し、自身の命を粗末に、自分勝手に差し出す。一心に優しい、普通の人間を描いた映画だ。そう…おぞましくなんてない。彼は人を愛し過ちも犯す、愚かで優しくて繊細な普通の人間だ。 だからこそ涙が止まらないのです。 最高の一本でした。