レビュー
フィギュアスケートにあまり詳しくない方にとっては トーニャ・ハーディングの名前は 例の事件で初めて耳にしたかも知れません。 しかし彼女は1991年の全米選手権でトリプルアクセルを成功させ初優勝。 1992年のアルベール、1994年のリレハンメルとアメリカ代表に選ばれるなど 事件前までも活躍していたトップスケーターのひとりでした。 事件当時、私もニュースは見ていましたが 詳細についてはあまり知らないまま 「ナンシーに勝てなくなったトーニャが嫉妬に狂い、 旦那をけしかけて襲撃させた」と理解していました。 審査員の前で大股を開いてスケート靴を見せ、 「靴紐が切れたの!」と涙目で直訴したりと トーニャの行動は悪い意味でテレビ(ワイドショー)的でしたが そのアンバランスさも含めて、私は彼女のことを嫌いではありませんでした。 この映画はトーニャのインタビューをベースに 「彼女の発言を全面的に信用するとすればこうだった、らしい」という形で 映画化した再現ドラマになっています。 弁済も含む高額の支払い請求とフィギュア界からの永久追放だけで 社会的制裁は充分受けているはずですが、 彼女は普通の生活に戻ることはありませんでした。 事件の上澄みしか知らなかった私にとって 厳格な母に育てられた幼少期や、DV夫との馴れ初め、 幾度かの別れと復縁など映画で初めて知る事実も多く、 作中で語られる内容に若干の脚色があったとしても 彼女の人生には同情しうる点が多いと感じました。 「褒めて伸ばす」の対極にある母親の顔色をうかがいながら、 それでも母親を慕うしか無かった幼少期が トーニャのいつも何かに怯えているような目の表情を作ったのでしょう。 高度なジャンプテクニックは跳べても 情操教育が欠けていた彼女に、リンクの外でも 気品ある振る舞いを求めるフィギュア界はとても冷たい。 審査員の採点に異議を申し立てたり、まだ歌入りの楽曲が許されていない当時に ロックテイストの曲を選ぶなど、良くも悪くも自分の気持ちに素直な行動の数々が 審査員の心証を悪くし、どんなに頑張っても採点は振るわず、 不公平としか映らない彼女はさらに連盟への不信感を募らせていきます。 悪循環から救い出してくれる人は、彼女の周りにはいません。 ただひとり、コーチとして名乗りをあげてくれた人物はいますが 作中での存在感が驚くほどないことから察するに 彼女にとっては重要な人物ではなかったのでしょうね。 もしかすると彼女は、人なりの幸せが手に入ればそれで良かったのかも知れません。 けれと世の中にはどんなに頑張っても 「人なり」を手に入れられない人がいます。 ままならない人生に拗ねたり苛立ったりすることは 誰にでもあることです。 子に親は選べないし、男運の悪さは 自力で何ともなりませんから。 この映画を観て、人々がトーニャ・ハーディングの認識を新たにすることはおそらく無いでしょう。 大半の人は「やっぱり喰えない女だ」としか思わないでしょうが その結果も予想した上で、彼女はこの映画に協力したように思えます。 今はトーニャ・プライスとして幸せな結婚生活を送っている彼女にとって トーニャ・ハーディングという名前は もう、好きに調理していい素材に過ぎないのかも知れません。
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