
dreamer

狼たちの午後
平均 3.6
この映画「狼たちの午後」は、ニューヨークのブルックリンで現実に起こった事件をモデルにした作品だ。 したがって、映画の中で、事件の起こった日時が特定されている。1972年8月22日午後2時46分----。 日付ばかりではない。その時間の気温まで記録されている。 気温36度。うだるような暑さで、このような暑苦しい日を、スラングで"Dog Day(犬の日)"と呼ぶらしい。 なぜ、犬の日と呼ぶかと言うと、「Dog Star(大犬座の首星シリウス)が太陽と同じ時刻に昇るのが、真夏の暑苦しい時期ということから、このスラングが生まれた」からだと言われている。 それと同時に、「Dog Dayにはまた、暑さが思考までを鈍らせるということから、"停滞した時期"という意味もあり、犯人側と警察側の"進展しない交渉"をダブらせた」という二重の意味も持たせているようだ。 とにかく、原題の「Dog Day Afternoon」とは、実にうまい題名である。 ブルックリン三番街にあるチェイス・マンハッタン銀行支店に、三人組の銀行強盗が押し入った。 現金強盗に、それほど時間はかからない。全ては順調に運ぶはずだった。 だが、思いがけないアクシデントが起こってしまう。三人組の一人の少年がおじけずいて、逃げてしまったのだ。 それで、残ったソニー(アル・パチーノ)とサル(ジョン・カサール)の二人で実行するしかなくなったのだ。 二人の犯人にとって、更に思いがけない事態が起こってしまう。現金が既に本店に送られて、後にはたった1,100ドルしか残っていなかったのだ。 1,100ドルを前にして茫然とする二人-------。 そこに、警察からの電話が入る。警察は完全に銀行を包囲した、武器を捨てて出て来いというのである。 事実、警察とFBI捜査官が大包囲網を敷いているのだ。 二人は追い詰められてしまった。状況は二人にとって、最悪の方向に向かって転がり始めているのだ。 そんな中で、二人は突然、牙をむいた。銀行員9人を人質に立て籠ったのだ。 それが3時10分過ぎのこと。二人が押し入ってから、わずか20分前後しかたっていない。 あっという間に、二人を取り巻く状況は急変している。 そこで、警察は必死に二人の説得工作に出ることに----。 そして、その説得に自分の昇進がかかっているという部長刑事が登場し、延々と説得しようとするが、人質がいる以上、下手に強硬な行動には出られない。 そのうち、犯人のひとりのソニーは、自分の姿がテレビに移し出されているのを知ると、まるでスター気取りになり、銀行の周りに集まった群衆を前に得意満面に演技をしたり、人質の黒人の小使いが喘息で苦しめば、救急車を呼んだり、支配人が糖尿病で倒れると医者を呼んで診察させたりするのだ。 このようなソニーのパフォーマンスの中で、しだいに犯人と群衆、犯人と人質の間に連帯感といったものが生まれてくる。 もうひとりの犯人のサルは無口で、常に銃を構えて人質の監視を続けている。 おしゃべりで軽薄なソニーも異常なら、サルもまた異様な感じがしてくる。 このような銀行強盗を描いた映画は、過去にも無数に作られてきたと思う。 富の象徴としての銀行。そこには、札束が唸るほどある。 金に憑かれた犯人たちが、様々な動機から銀行に押し入り、警官隊と追いつ追われつの逃走劇を演じ、最後には悲劇的なないしは、喜劇的な結末を迎える。 この銀行強盗という状況は、極めてスリリングで、展開もサスペンスに満ちている。 緊迫したシーンの積み重ねの中、犯人の性格を浮き彫りにしやすい。 犯人が複数なら、犯人同士の対立や葛藤を描くことで、犯人を取り巻く家族や、友人知人関係を浮き彫りにし、映画に奥行を持たせることも可能だし、社会派から喜劇に至るまで、様々な視点に立つことも出来ると思う。 この「狼たちの午後」がユニークなのは、三人の犯人が全員ゲイで、犯行の動機が主犯のソニーの"愛人"の性転換の手術費用が欲しかったためという点にある。 これまでの銀行強盗の動機は、金欲しさ、つまり経済的な困窮ということがあった。 ところが、この映画では、主犯の"愛人"を男から女にする性転換の手術費用を作るためというのが犯行の目的になっているのだ。 この映画の監督は、ニューヨーク派の社会派監督・シドニー・ルメット。 まさに前代未聞の動機だと言えるが、さすがはシドニー・ルメット監督だ。 ゲイの解放運動の背景には、反体制の動きが見え隠れするのだが、権力による管理が進む中、反体制運動ががんじがらめにあって、出口なしの状況のまま、展望のない"不安と焦り"で自滅していく状況を、鋭く見据えていると思う。 映画全体に、悲惨さと同時に、何ともやり切れない"滑稽感"が漂っているのは、そのためなのかも知れない。 このような視点が、「狼たちの午後」が、単なるサスペンス映画の枠を越えて、社会性豊かなドラマになっていると思うし、日本映画ではなかなか、この種のジャンルでの秀作が出来上がらないということも、正直、思ってしまう。 「十二人の怒れる男」で映画デヒューしたシドニー・ルメット監督は、「オリエント急行殺人事件」をはじめ、法廷、刑事、列車、銀行内といった閉ざされた状況の中で、人間を凝視していくことが、非常に得意な監督だと思う。 一種の密室ともいえる制限された舞台の中で、人間が刻一刻と変化していく。 その様を、まるで虫メガネで覗くように見つめ、緊密なドラマを作り上げていく手法は、見事としか言いようがない。