鬼火(1963)
Le feu follet
1963 · ドラマ · フランス
108分



「人生の歩みは緩慢すぎる自らの手で速めねば……」。アラン(モーリス・ロネ)はアルコール中毒で入院療養中、死にとりつかれていた。壁の鏡には、7月23日の文字。彼の人生最期の日だ。鏡の周囲には、彼を愛さなかった妻の写真、マリリン・モンローの自殺記事の切り抜き、悲惨な事件の切り抜き……。アランは拳銃の弾丸を点検する。翌日、パリに出たアランは旧友を再訪した。安定した家庭生活を送る友、だが、彼はその凡庸さを嫌悪する。
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隣の唐十郎
3.0
人生の清算と決別までの48時間 かつての友と出会っては絶望を重ねる男 彼は現世をさまよう鬼火 異才のピアニスト、エリック・サティの異常な寂寥感 誰もがどこかで聞いたことのある[ジムノペディ][グノシエンヌ] ルイ・マル30歳の救済なき衝撃作は、富豪一族だった監督自身の[過去との決別]を意味する寓話とのこと。
dreamer
5.0
このフランス映画「鬼火」は、ルイ・マル監督、モーリス・ロネ主演にて、自殺を決意した男の、死に至るまでの二日間の行動を描いた、厭世感あふれる秀作だ。 アル中患者として療養所で暮らすアラン・ルロワ(モーリス・ロネ)は、かつて社交界の花形だったが、今は死にとり憑かれている。 その彼が、人生の最期を締めくくるためにパリの旧友を訪れる-------。 ひと言で言って、フランス映画というのは、非常に感覚的だ。 まず、感覚に訴えてくる。 自殺しようとする男の感覚が、思考よりも何よりも、最初に観る側に伝わってくるのだ。 死への傾斜、物憂い、痺れるような感覚と、それを通して見た世界の相、その頼りなさ、確かにつかめるもののない、何とも言えない不安-----それらが、頭で考えるより先に、いち早くこちらのものとなってくる。 いつの間にか、観客(私)は、死を前にした男の主体に加わって、その半分麻痺した感覚において世界を見、それと親しく接している。 この目で見る世界は、何かよそよそしく、物憂く、そして非情だ。 多くの人々と接しながら、却って孤独の淵へと沈み込んでいく気分が、世界との別れを、抵抗なく感じさせてしまう。 まさにこれは、別れの物語だ。 死に傾斜していく男が、そのどんよりとした意識の中で、この世界とそこに住む人々に別れを告げていく。 人びとは、それぞれに生きている。 しかし、男の目に、彼らの生は耐え難い不純さとして映るのだ。 女たちは彼に優しい。しかし、男は彼女らを恐れる。 女たちもまた、彼のもとを去って行ってしまう。 「あなたには野生はない。あなたにあるのは心よ」。 ソランジュの答えが、彼のもとを去ったすべての女たちの彼への答えであり、また、よそよそしかったこの世界のそれでもあった。 この時、彼はまさに別れを告げるのだ。最も"生きる"ために--------。
3.2.1.0
4.0
ネタバレがあります!!
いやよセブン
3.0
プレイボーイが酒におぼれ、長い療養生活の末、治癒するのだが、病院から出ることが出来ない。 青春時代の友達は皆、世間と折り合って生きているのに、それが出来ない自分…。 映画は、あるときは突き放し、またあるときは寄り添いながら生き方を提案している。
りょくう
5.0
273
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