8 1/2
8½
1963 · ドラマ/ファンタジー · イタリア, フランス
138分
(C)MEDIATRADE 1963



グイド(M・マス トロヤンニ)は四十三歳、一流の映画監督である。彼は医者のすすめに従って湯治場にやってきた。湯治場に来てもグイドは、愛人カルラ(S・ミーロ)、妻ルイザ(A・エーメ)そして職業の上での知人たちとの関係の網の目から逃れることはできない。カルラは美しい女性だが、肉体的な愛情だけで結ばれている存在で、今のグイドにとっては、わずらわしくさえ感じられる。妻ルイザとの関係はいわば惰性で、別居することを考えはするものの、実行する勇気がないだけでなく、時には必要とさえ感じるのである。
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Shou
4.5
人生はお祭りだ。一緒に過ごそう。 この世に絶対必要なものなんてあるか? 1番不要なものは無意味な映像と音楽だ 人生の渾沌をこんなセリフとともに見事に映像化している点に感嘆。 人間は生に意味をもたらすために足掻きすぎている。 *********************** 監督 フェデリコフェリーニ フェリーニ単独による8作目の作品であり、フェリーニの処女作「寄席の脚光」でアルベルト・ラットゥアーダが共同監督をしたのでそれを「半分(1/2)」として加えると「8 1/2本目」の作品となることにちなんでつけられたもの 脚本 フェデリコ・フェリーニ トゥリオ・ピネッリ エンニオ・フライアーノ ブルネッロ・ロンディ 音楽 ニーノロータ
高橋 正男 (ラー油)
4.5
なんといえばいいんだ… この感じを これを見て 思ったのは… 「脳内ニューヨーク」とちょっと似ていた点 2回以上見て行って クセになる映画です そう言えるし、 解説を見たほうがより楽しめる (難しいと思った僕のように)
てる
3.0
正直よくわからなかった。 実験的な作品で、内容を楽しむ作品ではないというのを聞いたことがあるがまさにその通りだった。 夢を映像化するというのは面白い試みだと思う。 撮影はさぞ大変だったと思うが、映像は面白かった。映像の撮り方はかなり革命的だったのではないか。『パプリカ』を思い出した。やはり参考にしてたりするんだろうなぁ。 内容はあまり面白いとは思わなかった。 人気映画監督だが、作品が作れず、妻と愛人とも上手くいかず、クラウディアだけが彼の唯一の憩いだ。とはいえ、妻と愛人に思うことがあったりするわけで。なんだかそういうモヤモヤをずっと描いていたような気がした。 最後のハーレム部屋は印象に残っている。 2軍になると2階に入れられる。それはとても不名誉で悲しいことらしい。そういう謎のルールがあるのが、いかにも夢らしくて面白い。 理不尽で支離滅裂。『不思議の国のアリス』や『未来世紀ブラジル』のような不思議な世界。私は苦手なのだが、そういう作品に魅力があるのはわかる。 この作品もそういった作品なのだろう。
ボルビザン
4.0
天才だからって何やっても許されると思うなよ!
むささび
3.0
ネタバレがあります!!
アリちゃんパパ
2.5
フェデリコ・フェリーニの自伝的作品です。 キリスト像が空を飛んだり、浜辺に巨大魚が打ち上げられたりといった難解なシーンに当惑させられましたし、マルチェロ・マストロヤンニ演じる主人公の自堕落な生活ぶりに腹が立ったりと、私的にはキライなタイプの映画です。 この映画を観た高校生の私は、「これぞ芸術だ!」なんて知ったようなことを言ってましたが、振り返ると恥ずかしい限りです。
𝓐𝓺𝓾𝓸𝓲𝓫𝓸𝓷𝓲𝓼𝓽𝓮𝓼
4.0
劇中でクラウディア・カルディナーレには「共感できない」と間接的に断罪されているわけだけれども、共感できる人は絶対に多いと思う。むしろだからこそ余計マストロヤンニに寄り添ってしまうのかもしれない(あのアヌーク・エーメをほったらかして不倫をするとは、普通なら許し難い。でもどうしようもなく弱い人間なのです彼は)。最後には解放されたような、虚しいような、言葉で説明しづらい心の動かされ方が「映画観たな」っていう鑑賞後の満足感になったものと思う。
kao_matsu
5.0
確か1980年代だったと思うが、リバイバル上映で初めてこの映画を観たとき、私自身の見るヘンテコな夢と、この映画の描写がソックリだったことに仰天し、僭越ながらも、マルチェロ・マストロヤンニ扮するこの映画の主人公グイドは、いや、この映画はまさに自分自身だ!と思ってしまった。だから、生理的・感覚的な超シンパシー以上には、きれいさっぱり何もないこの映画を客観的に語るのは、とても難しい。ストーリーといえば、ある映画監督がスランプに陥り、そこから再生するという、それだけのこと。だが、フェリーニがすごいのは、そんな単純なストーリーの中で、魑魅魍魎のようにうごめく精神や夢の流れを断続的に視覚化し、映像化して見せたこと。その映像のサブリミナル効果的なショッキングさではむしろ、次の作品『魂のジュリエッタ』のほうに一歩譲るとしても、女性の精神世界を描いた『魂の~』に対して、苦悩するオトコの悲哀として共感する部分が多い本作は、フェリーニの大好きな作品群の中でも、私にとっては究極の一本だ。 ◆ この作品は、主に精神分析にまつわる小難しいセリフが多く、とにかく登場人物が専門用語をベチャクチャ、ベチャクチャ早口でまくしたてる。1960年代以降のフェリーニ作品の特徴でもあるが、そういうセリフ一つひとつに囚われずに、とにかく五感で感じるのみ。これほどシンプルな向き合い方ができる映画はそうないと思う。だから私にとっては、手引書がないと容易に理解できないような、難解なヨーロッパの巨匠作品が多いなか、フェデリコ・フェリーニの作品は、本当に分かりやすく、庶民的な存在だと思う。寄席やお笑い、サーカスなど、庶民の道楽をよく知りつつも、孤高のアーティスト性も持つというその両面こそが、フェリーニの最大の魅力のように感じる。
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