八甲田山
八甲田山
1977 · ドラマ · 日本
169分



「冬の八甲田山を歩いてみたいと思わないか」と友田旅団長から声をかけられた二人の大尉、 青森第五連隊の神田と弘前第三十一連隊の徳島は全身を硬直させた。日露戦争開戦を目前にした明治三十四年末。第四旅団指令部での会議で、露軍と戦うためには、雪、寒さについて寒地訓練が必要であると決り、冬の八甲田山がその場所に選ばれた。二人の大尉は責任の重さに慄然とした。雪中行軍は、双方が青森と弘前から出発、八甲田山ですれ違うという大筋で決った。
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Tomo_gabethedoggo
3.5
いかに組織の判断が重要かというのがわかる映画。 もともとこの事実は知っていてウィキペディアで 状況把握してたんですが、 映画となるとやっぱり、情景を目で見るので 巻き込まれた隊員達の絶望感がひしひしと伝わってきます。 「天は我々見放した」が流行語になったようだが こっちからしたら、「は?」である。 天候は大事である。でももっと大切なのは、 自然をナメてかからないことである。 無知がいかに人を破滅させるか。 日本の歴史として色々学ばせてもらえる映画でした。
LIBRO
3.5
「失敗の本質」が描かれている。日本は今に至るまで、この時と同じミスによる大失態を余りにも多く繰り返しているように感じる 無知は文字通り人を破滅させる
矢萩久登
5.0
「午前十時の映画祭15」ゴールデンウィーク期間中はサバイバル巨篇『八甲田山』4Kデジタルリマスター版を上映中。TOHOシネマズ新宿さんにて鑑賞。 『八甲田山』(1977年/169分) 監督は黒澤明映画で5作品チーフ助監督を務め『日本沈没』(1973)で記録的な大ヒットを飛ばした森谷司郎氏。脚本は『羅生門』『生きる』『七人の侍』をはじめとした黒澤作品や『切腹』『仇討ち』『侍』『砂の器』などの名作を生み出した橋本忍氏。撮影は木村大作氏、製作にも名匠・野村芳太郎監督が参画した豪華な布陣。 キャスト陣も弘前側の雪中行軍中隊長に高倉健氏、青森側の中隊長に北大路欣也氏。 弘前側の上官に丹波哲郎氏、藤岡琢也氏、青森側の上官に小林桂樹氏、三國連太郎氏、加山雄三氏、神山繁氏。 雪中行軍にも緒形拳氏、森田健作氏、前田吟氏、東野英心、さらに女優陣も栗原小巻氏、加賀まりこ氏、秋吉久美子氏と当時の一流スター、ベテラン勢が一堂に会する豪華なキャストだけで圧倒されます。 そして何と言っても本作の驚異的なところは、ずば抜けて世界一の積雪をほこる八甲田山で実際に撮影を敢行した点。 キャストの顔が判別もできないほどの猛烈な吹雪のなかや、実際の雪崩のシーンなど過酷なロケの連続だったことはスクリーン越しからでもヒシヒシと感じ、現場の空気や極限の緊張感を共感、体感ができます。 制作環境が大幅に改善された現在では本作のようなロケは難しいでしょうが、本物の大自然の迫力、特に現地の空気感はCGでは伝えきれないでしょう。 さらに当時の歴代配収新記録を打ち立てた誘因は橋本忍氏の脚本力によるところも大きいですね。 高倉健氏の弘前隊と北大路氏の青森隊の成否をわけた二隊のストーリーを同時で進めつつ、失敗した青森隊には不遜で独断、現場の部下の助言を無視して過誤な判断を下す愚かな上官(演:三國連太郎氏)を濃密に描くことで、明治時代の戦争モノにも関わらず、現代社会にも通じる身近な中間管理職サラリーマンの悲哀と共感を得られる作品に仕上げて、実に巧み。 橋本作品は社会派作品を多く手掛けておりますが、実際は世間の耳目が集まる題材を選定、きちんと娯楽作として昇華、世間の空気を敏感に察して、多くの作品がハッピーエンドにならないのが特徴。本作に続く『幻の湖』(1982)の失敗がなければ、さらに多くの名作、傑作に出会えたかもしれませんね。 絶望の淵に立たされた北大路氏が発する「天は我々を見放した」も当時幼稚園でもブームで、宣伝面も実に上手かったですね。 撮影、キャスト、脚本、音楽、宣伝…と様々な面で際立って成功した日本映画の代表作ですね。
アリちゃんパパ
4.5
ロシアとの戦争に備えて行われた雪中行軍訓練で発生した史上最悪な大惨事を描いた森谷司郎監督による傑作です。 大暴風雪下の八甲田山での大惨事をリアルに再現した森谷監督の力量が見事!冬山の恐ろしさを本作程表現した作品は、世界的にも稀有です。日本映画界が衰退していた1977年に本作が作られたのは奇跡的とも言えます。森谷監督は、53歳の若さで亡くなりましたが、稀有な才能をこれからという時に失った日本映画界の悲劇です。 主演の高倉健は、ヤクザ映画から離れて本作で名演技を披露したことで名優として飛躍しました。悲劇の神田大尉を演じた北大路欣也も本作で実力を示しました。
ナナチ
3.0
どう観たらいいか難しい映画だった。 作品解説には、人類の発展が月到達以降頭打ちになった感があるので、改めて地球の自然について目を向ける必要を感じた結果描かれた作品、とあった。人間は地球に君臨することに成功した生物だけど、それは文明と技術の成せる技であって人がそのまま自然に繰り出せばただ無力なだけ、、って言う感じなのかな 脚本的には神田大尉の隊がバタバタ死に始める斜面のシーンから若干疑問だった かな〜、あんだけ人死んでて神田の心情描写がスッポリ抜けてることに違和感。ぜんじろう君?が死ぬシーンも割りにあっさりだったな、、 徳島隊がちゃんと成功した理由も自然に抗うことなく従ったから、みたいに解説には書いてあったけどそうか??隊の指揮がうまくいってたからじゃないかな?案内を素直に頼めたこと含め 神田大尉がしっかり指揮権を握れなかった事が一番の原因じゃないかな でも最初に書いた通り、組織統率の難しさとかそういう作品ではないらしいっすよ いずれにせよこれが実際に起こった事件というのは信じられないくらい物凄い話だ。
てる
3.5
観てるのがしんどい。まぁしんどい。 白い地獄とはよく言ったもので、観てるこっちが凍えてしまいそうな迫力ある作品だった。 零下20度の白い地獄での熱い男たちの熱い友情と熱い信念の物語を日本映画界のレジェンド・オブ・レジェンドのビッグキャストが演じている。撮影も想像を越えるほど大変だったでしょう。そりゃ面白くないわけがない。 でも、観てるこっちが心折れそうなシーンが続く。というか、ほぼほぼ、そんなシーンなので、もう良くない? 辞めようよぉってなるが、熱い男たちの話しは熱いまま、ノンストップでリタイア禁止で突き進む。自分と作品との間に温度差を感じた。『レヴェナント』を観たときもそうだった。あと、『劔岳』。監督が木村大作だから仕方ないかもしれないけど、『劔岳』はほぼ、『八甲田山』だった。さすが、木村大作と思ったけど、生涯で死んでもおかしくないような作品を二度も三度もやらなくてもよくない?
dreamer
5.0
"指揮権の所在と責任の明確化、指揮官の資質と判断力の重要性、周到な調査と準備の必要性などと共に、大自然に対する畏敬の念の重要性をも考えさせられる映画 「八甲田山」" この映画「八甲田山」は、「砂の器」に次ぐ第二作として、橋本プロダクションが東宝映画と製作提携した作品で、脚本は橋本忍、監督は「動乱」「海峡」の森谷司郎、原作は新田次郎の「八甲田山 死の彷徨」。 昭和49年2月にクランクインしてから、3年余の歳月と7億円の製作費と30万フィートを超すフィルムを費やして完成された、当時の日本映画界にあっては未曾有の超大作です。 この映画のテーマについて、森谷司郎監督は、「厳しい自然と人間の葛藤を通して、人と人との出会い、その生と死の運命を描かなければならない。自然の思いがけない不意打ちと、それに対応しようとする人間の闘い、その強さと、胸にしみるような悲しさを八甲田山中の、人間を圧倒するような量感で迫ってくる雪の中で、アクティブに描きたい。それには映画のもつ表現力が、もっとも強く迫ることができるにちがいない」と語っています。 原作と映画を比較する事は、もともと芸術の分野が違っているので適当ではないかも知れませんが、雪におけるこの原作と映画の表現に差がある事を、原作者の新田次郎は認めています。 彼は、雪に対する"筆の甘さ"に対して、「この映画は、雪を完全にとらえることができたから、雪を背景として起こった人間ドラマを完全に映像化することに成功したのであろう」と率直に語っています。 地吹雪、雪崩、その雪の中の絶望的な彷徨を、厳しく、しかも美しく描き出した映像には、この映画に参加した人達の肉体の限界に迫る苦労が、そのままにじみ出ており、芥川也寸志の音楽をバックに映画のもつ圧倒的な表現力が生かされているように思います。 日露戦争直前の明治35年1月21日、弘前を出発した第31連隊の徳島大尉(高倉健、実名は福島泰蔵大尉)の率いる部隊は37名、その大半が士官であり、十和田湖を迂回して八甲田山に入る10泊11日間、240kmの行程は無謀に見えましたが、綿密で周到な準備と道案内によって万全が期せられていました。 一方、1月23日に青森を出発した第5連隊の神田大尉(北大路欣也、実名は神成文吉大尉)の率いる部隊は211名、2泊3日、50kmの行程は一見容易に見えましたが、混成の部隊であり、第二隊長山田少佐(三國連太郎、実名は山口勲少佐)らの大隊本部が同行しており、指揮命令系統に混乱があると共に、大部隊のため食糧、燃料の運搬のためのソリ隊が足手まといとなっていたし、案内人も雇っていませんでした。 この部隊は初日に目的地の田代まで、後2kmのところで道を見失っていて、零下22度、風速30m、体感温度零下50度という猛吹雪の中で、死の彷徨が続くのです。 1月27日に徳島隊が八甲田山に入った時には、神田隊は壊滅状態になっていましたが、徳島隊は全員無事に踏破に成功したのです。 神田隊の生存者は山田少佐以下12名、凍死199名。 映画はこの両隊の劇的な成否を交互に対比させながら描いていますが、もっと我々観る者にわかりやすくするために、随時、現在地を示す地図を入れるとか、隊名やそのルートを入れるというような工夫が必要だったのではないかと思います。 この映画を観終えて、指揮権の所在と責任の明確化、指揮官の資質と判断力の重要性、周到な調査と準備の必要性、そして、環境の急変に対する臨機応変な適切な対応、特に大自然に対する畏敬の念と慎重な行動の重要性と言う事をつくづく考えさせられました。 尚、八甲田山の踏破に成功した徳島(福島)大尉は、却って、その後、冷遇されたうえ、日露戦争では雪中行軍の生き残りと共に、酷寒の黒溝台の激戦で戦死しています。 この事から、八甲田山で起こった事実を隠蔽しようとする陸軍の陰謀の匂いを感じてしまいます。 また、事実として、その後、自決した山田(山口)少佐の実像は、映画のような悪役的な人ではなかったと言われています。 問題は、危機に耐える事が出来なかった神田(神成)大尉の弱さにあったように思われます。 最も困難な時点で、徳島(福島)大尉は、「吾人もし天に抗する気力なくんば、天は必ず吾人を亡ぼさん。諸子、それ天に勝てよ」と兵に告げているのに、神田(神成)大尉は、「天はわれ等を見放した。俺も死ぬから、全員枕を並べて死のう」と絶叫しているという事からも推察できるのです。
🦄💭いちごみるく🍼🦄
4.5
ゆきのしんぐん こーりをふんで きたおうじきんや、、おさなっ。。。。
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