「1973年の事だ。イレイザーヘッドを撮り始めて約1年、予算が底をついてひどく落ち込んでいた。ある午後、フレッドが僕の離れに来て、試験撮影の話を持ち込んだ。2種類のモノクロビデオテープをテストし、良い方をAFIが購入する為だ。AFIがビデオを購入することを聞き、とても悲しかった。学校の名前が、変わるんじゃないかと。フレッドを見つめ、アイデアが浮かんだ。彼に聞いた。“何を撮ってもいいのか?”彼は、“何を考えてる?”私は、“同じものを2回撮る。別々のテープで2回。テストになるよ”。彼は“悪くないね”。そこで僕は、“明日までに何か書く”。オーケーが出た。」(デイヴィッド・リンチ談)