暴君ネロ(1932)

西暦紀元60年代のローマーそれは母殺しの大罪をさえ犯した悪逆無道の皇帝ネロの治世であった。ネロは詩人をもって自任している自称大芸術家でキリスト教信者を蛇蝎の如く憎んでいた。64年ローマの街は大火に焼かれた。世上それはネロの命令によって焼かれたのだと噂されたが、事実ネロは燃ゆるローマを眺めて堅琴を弾じて詩を吟じたのであった。ネロはローマを焼いたのはキリスト教徒であると言って、教徒殺害の口実とした。かくてタイタス、フェヴィアス等有力なキリスト教徒はことごとく囚えられた。美しい乙女マーシアは熱心な信者だったので彼らを助け出そうと試みた。ローマの奉行で、全ローマの子女に崇拝されている美丈夫マーカスは彼女の美に打たれ、その心を得んものと一旦捕らえた信者たちの縛を解いてやる。それを知ったネロの寵姫ポッペアは、彼女自身マーカスに思召しがあったので嫉妬の炎に胸をやき、マーシアにマーカスが会いに行った隙を狙って、教徒の一人を拉して拷問にかけ、教徒等の集会所を白状させた。マーカスはことの次第を耳にして急ぎ戦車を駆って赴く途中、来合わせたポッペアのかごと正面衝突して了った。ポッペアは怒ってマーカスがキリスト教徒の味方をする、と言って詰った。そこでマーカスは自らの部下の進言もあったので、心ならずも信徒等を全部捕らえたが心を完全にマーシアに奪われたとしるやポッペアは狂へる夜叉の如くなってネロ皇帝にざん言した。その夜マーカスは酒宴を催し、マーシアに近づいて愛を打明け、愛のため、彼女の生命のため、ネロの怒りを解くため、信仰を棄ててくれと頼んだ。マーシアの心を聞く間もなく、彼女はネロの命によって土牢に閉じ込められた。マーカスはなおも土牢に彼女を訪ねて信仰を棄てて自分の妻になってくれと懇願した。マーシアもこの美丈夫を愛さないではなかった。神の愛に生くるか、神を棄てて異教徒を結婚するか彼女は悩んだ。その翌日はキリスト教徒等が、闘技場に於いて飢えたる獅子の餌食となるべき日である。しかしマーカスも初めて信仰の尊さを知った。マーシアを愛するには異教徒たる彼は資格がないことを悟り、肉体を失っても霊魂の救われることに満足するキリスト教徒の偉大な信仰の力に感激して、彼自らも先ず神の身を捧ぐべきであると知った。マーカスはマーシアの手をとって犠牲の祭壇に向かって力強く歩み進んだ。