
Masatoshi

Aliens
평균 3.6
ある惑星からのSOS信号を受け取ったリプリー達はその惑星に着陸後、寄生生物により、宇宙貨物船は全滅。一人生き残ったリプリーだけが救命艇で脱出。それが『エイリアン』の粗筋でした。 そして、救命艇の睡眠装置で眠る事約数十年、やっと救助されたリプリーでしたが、惑星開拓民から連絡が途絶えたと聞きそのエイリアンが棲む惑星に再び向かうことに。これが今作の粗筋です。 惑星では女王エイリアンにより沢山のエイリアンが繁殖していて、人間の住民は彼らの餌となっていました。唯一生き残った少女を助けようとリプリーと女王エイリアンが対決するのが大きな見せ場です。 はい、ここで、女王エイリアンは自分の子供達を、リプリーは既に亡くなってしまった娘をその少女に重ね、二つの生命体は互いの子供を守るために闘うと言うが一番のクライマックスです。 観ている我々は勿論、リプリーを応援し、憎きは人間を食い殺した女王エイリアンになる訳ですが。 ここで、逆の立場になれば、女王エイリアンは自身の生存と我が子孫を守る為に、敵であるリプリーを倒そうと必死の闘いに挑んでいる訳なのですよね。 これは、リプリーにも女王エイリアンにも両方に尊敬の念を持つべきなのかも知れませんが。 アイヌの伝統的な儀礼に『イオマンテ』と言うものがあります。冬眠中の親熊を襲い、小熊を持ち帰って、ある年齢になるまで大切に扱い、その日が来ると儀礼に沿って殺し大事な食物として頂く。そう言う儀式だそうです。 そこには、命を頂くという感謝の気持ちがあります。エイリアンに感謝の気持ちがあるかどうかはさておき、人を餌にするのは自分たちの糧のため。 人は中世から、自分の領土を広めるために他の人を殺してきました。この惑星に来たのも自分たちの生活圏を広げるため。南北アメリカ大陸に侵入して在住民を殺したり追いやってきたのもそうでしょう。 そう思うと、別の角度から見る『エイリアン2』もそれはまた西洋的な価値観で興味深いものでした。 いや、折角のSFの名作を理屈っぽく語ってしまい、申し訳ありませんでした。はい、失礼します。