
星ゆたか

썸머 85
평균 3.6
2022.8.2 フランソワ・オゾン監督(1967年~)の 私の好きな作品は「まぼろし」(00) 「8人の女たち」(02)「スイミング・プール」(03)「危険なプロット」(12)「婚約者の友人」(16)です。 原作エイダン・チェンバーズの小説 「おれの墓で踊れ」を監督が17歳の時読み、いつか映画化をと考えていたと。 そして35年後に読み驚いたという。 「彼は秘密の女ともだち」(14)の異性装、「まぼろし」の霊安室、「婚約者の友人」の墓地に象徴される死、「危険なプロット」の主人公と大学教授との関係‥‥これまで作ってきた数々の映画のテーマがそこにあったという発見だ。 そして映画監督として人間として様々な経験を積んだ今だからこそ、主人公達を突き放すような描き方でなく、この少年二人の恋愛に皮肉など一切加えず、古典的な手法で撮ることができたとも。 原作小説もゲイを特別視してはいないと。二人の若者の恋愛がたまたまどちらも男の子だったにすぎない。その頃はまだエイズが流行っていた訳じゃないけれど、ゲイを描いた映画は暗くて悲痛なものが多かったからそうでない映画をと監督は思ったそうだ。 映画は一人残された主人公16歳のアレックスがダヴィド18歳との過去の出来ごとを回想してゆくスタイル。 画面に向かってアレックスが『もし君が過去に何があってこうなったか知りたくなければ、ここで止めた方がいい、君の物語じゃない』と観客に言う粋なショットで始まる。 このアレックスを演じるフェリックス・ルフェーブルはあのリヴァー・フェニックスと誰かを足して“逃げ回った”(“二で割った” 笑!)ような顔をしていて気に入った。 この作品のアレックスの慎重に友達との距離感を持って接し初めるデリケートな良さを上手く出している。 それはやや“生き急ぐ感”のある刺激優先とするダヴイドと、対称的な振る舞いで、だからこそ惹かれ合う性格として成功した。 ディスコで、墓地で踊るシーンで使われたロッド・スチュアートの1975年の名曲《セーリング》を提案したのもこのフェリックスだそうだ。 ♪海の向こうの懐かしい場所へ 僕らは海を渡っていく 激しい嵐を乗り越えて 君に会うために 自由を追いかけて♪ 『どちらか先に死んだら、墓地の上で踊る』という生前の約束。 これは一見とんでもない行為のようだが。振り付け師ヴィルジニー・コーサンの指導のもと、描かれたダンス。 思いがけず太古の民族儀式を思わせるような風合いだ。 自分を解放し身体で感情を爆発させる。16~18歳位の男の子の心身の自立の時期の、不安程な精神と抑制の効かぬ肉体エネルギーとのバランス。 親の内面的愛情から友の、恋の外部とのそれへと拡散していく時期ならではの苦悩との対決。 そしてアレックスは自己の対面した苛酷な体験を、書くという行為を通して言葉に昇華させてゆく。 芸術作家が内面を見つめ磨いていく作業。 「声に出して言えないことも、文章にすることは意外に出来るものだ」 彼は間違いなく、書くという行為を通して救われた。絶望から回復でき大きな試練を乗り越えられたんだ。 ノルマンデイーの高い断崖絶壁を背景にした海岸風景は、まさにそのままイラスト絵はがきにしたいような美しさ! 白い岩壁に紺碧の海、そして浮かぶ純白のヨット、バカンスを楽しむ人びと。 エリック・ロメール監督作品を彷彿させるフィーリング。 エレックスの文才の可能性を見出だす高校教師役を演じた、メルヴィル・プポーはそのロメールの「夏物語」(96)で学生役で出演しているそうだ。 そしてダヴイド母子は原作でもユダヤ人らしいが、これがダヴイドの葬儀関連の展開に影響してくる。 またアレックスとダヴイドの喧嘩の原因になるケイトという女性の配置が、この物語を深く広くした。彼らの関係が単なる男友だち以上のものと知らず、関係を一度だけ持った。そしてそのことをアレックスに詫び、それ以降何かと力づけ手助けする。彼は今までのこと全て彼女に話すことが出来、かつとても安心感を得られる。こういった同年齢の異性の存在で、そういう関係を持てる人間は特別で尊い。言い換えれば“弟のゲイ嗜好”を理解する、“お姉ちゃん的友達”になった感じかな。 この映画去年の夏に公開されたらしいがまさにその時期に見るにふさわしい作品です。 この暑い夏は思春期の少年や少女(邦画「ひらいて」この仏・日両監督それぞれ共に17歳の時原作にふれ映画化をこころざす)の大人になるための経験を描いた作品にふれ、その《みずみずしさ》のシャワーを浴びた気分💧でした! 思えばこの17歳という年齢。 男と女の分かれめ。 友達と恋人との境界線。 子供と大人のボーダーライン。 なのかも知れない。