
星ゆたか

악은 존재하지 않는다
평균 3.7
2025.3.19 「ドライブマイカー」(21)「偶然と想像」に続き、カンヌ、ベルリン、そして本作ベネチアと世界三大映画祭受賞と。 更に「ドライブ…」はアカデミー賞まで。 あの黒澤明監督の記録に並ぶ評価を、まだ40代で成し遂げた濱口竜介監督の映画。 最後の場面の観客想像に感想を委ねた曖昧な展開の他は。 特に中盤あたりの、人間群像ドラマの会話が、大変面白い内容になっている。 そもそもこの映画の制作話は。 「ドライブマイカー」の音楽担当の石橋英子さんが濱口竜介監督に。 ライブ用音楽に合わせた映像を依頼してきた所から始まったらしい。 「悪は存在しない」という題名には。 『自然循環環境の中で災害は別にして、悪とか悪意は存在しない』という視点がある。 『悪意』は人間の持ち得る意思だという事か。 その最初のタイトルの入る導入部が。 林の木々を見上げながら進む映像で。 長い年月を経て育成された木々を崇めるような想いがあるか! ただ同時にこれは多分、8歳の娘が林の中、空を見上げながら歩く視点でもある事が想像される。 長野の山奥の小さな集落に平穏に暮らす父親と幼い娘。 母親は説明はないが、理由があって亡くなっているようだ。家内の写真立てには親子三人の姿が見られる。 とにかく導入部もそうだが。 父親が薪割りをする様子とか。 近くの蕎麦屋の依頼で。 湧き水をボトル10本を、一人2本づつ、車まで運ぶ描写等が、実に丁寧でゆっくりしているので。 これは、作品のテンポというより、昔からずっと続いてきた自然の生々流転の中での、人の日常のリズムなのかも知れない。 そんな彼ら町民の日常の中、グランピング(キャンプ場)設営計画の話を持ち掛ける東京の芸能事務所の担当者が訪問し、説明会が行われた。 ただ要点が話される程、内容がずさんな計画で。 町民達の自然の土地の生活にねずいた反論や意見に。 担当者の机上論の言葉を詰まらせる。 例えば。 ①町の水源に悪影響をもたらす浄化槽設備の位置や。 ②夜間常備管理人の不在から若人客の行動(騒音·火の不始末等)不安。 ③設営地が野生の鹿の通り道にある。しかし計画側は既に購入した土地なので。 補助金期限までに急いで工事に入りたい事情。 *なお、この鹿の通り道の危険性について。巧さんは『普段は鹿は臆病、ただ傷を受けると生存本能から攻撃的に。という説明と、時おり映画に入る鹿討の射撃音が本作の終章に“重い意味”を。 ④コロナ禍のあおりから政府の補助金目当てのずさんな功利主義のずさんな計画。 ⑤町民は計画会社の社長(若い目先の利益追求者)やコンサルティング会社代表の説明会出席を要望するが。 オンライン指示だけで町民に寄り添った対応をする気がない。 そんな中再び説得に行かされた担当者(男女)2名は。 会社の無理な計画遂行に嫌気を感じて。 彼らが東京から、嫌々また町に出向く所の車中の2人の会話が秀逸。 介護福祉士からの転職の女性黛と。 役者あがりから芸能事務所の仕事をしている男性の高橋。 今回の無理じい仕事に嫌気がさし。転職も考えている。 高橋の携帯の婚活アプリが表示され。 2人は個人的私生活の話もする。 また現地につき、便利屋の巧に酒の手土産を渡そうとして断られ。 しかし薪割りの仕方は教えられ。 その行動の体感を清々しさに、生きている実感を覚えている。 またラストの意外な展開を予測させる要素として。 あの8歳の花ちゃん。 度々学校の下登校送迎を父親の車に依頼しているのだが。 林を1人でくぐり抜けて危なかっしい。 父親も『遅れても必ず自動車で迎えに来るんだから。他の子達と同じように、遊んで待っていなさい』と何故躾なかったのか?。放任主義なのか?。 母親がいないから甘えさせていた のか。 町の長老の区長は。 『1人で林の中をあまり歩かないんだよ、危ないから』と注意できるけど。 まだ父親は若いから、自然の摂理には詳しいけど。 娘の育て方にはまだ“スキ”があった? でも結局行方不明になって町の人達に面倒かけるんだから。 父親がしつけるべきかなと思った。 ただあの父親は娘の危機の前で。 あの東京からの高橋たる人物の首を唐突に絞め上げた? あそこは自然の摂理を破壊する都会の存在を絞め上げるという事?。 人間と自然のバランスを保ちながら、ローカルな美徳を体現してきた人間(父親の巧)の内側と外側にある自然と悪の寓話的幕切れ。 最後の曖昧で緊張感に満ちた結末の解釈は❓️ その事をも含めて。 濱口竜介監督が海外でも評価される点として。 『日常生活における真実とフィクションの関係が。現代社会の普遍的テーマを描いている』あの最後の所にあるらしい。 *ロケ地は長野県富士見町と原村(諏訪地域)。 2023年2月から3月にかけて。 エキストラは地元の人 100人 。 住民説明会や子供たちの遊ぶシーン。「立沢後続改善センター」 *『ルノワール演技指導』イタリア式。 (感情入れずに“本読み”) (動作や感情の動きが鋭敏になる) (演技の真剣さリアリティーが望む方向へ) 例えば前半の説明会での芸能事務所の高橋と黛の受け応え。折り込み済みの用意された会社側の取り決めを説明する。しかし住民側の日頃じかに感じている実情を話されるととたんにしどろもどろに。 若い青年の反発的発言につい感情的に(喧嘩越しについ乗って)。もと福祉看護師の黛さんは素直に『貴重なご意見受け賜り社長の方へ報告、ありがとうございました』と。 それが帰京し上司や社長の合理主義に嫌気を感じ。再び町へ向かう車中の会話になると。それまでの会社側でなく、町民側に立った。人間的な想いを高橋と黛でし合う展開になる。俄然会話劇としても面白くなる。そして町に着き、薪割り、水汲みを共に体験する事でその先の未来を見いだそうとする。 そういった映画の展開での俳優の演技に見られる存在感。 ちなみに巧を演じた大美賀均さんは当初制作側のドライバー。監督の打診から受けた主役の演技。また高橋を演じた小坂竜士さんは「ドライブマイカー」の時の運転手。元々は俳優志望で『チエホフが好き』発言で。そのギャップ萌えから選らばれたとか。また黛さん役の渋谷菜郁さんは「ハッピーアワー」(13)からの付き合いだとか。