
uboshito

빛나는 TV를 보았다
평균 3.2
2026년 04월 18일에 봄
タイトルとあらすじだけに興味を惹かれて、何の予備知識もなく視聴。で、A24…またこのパターンかと。予備知識なしで見始めたらA24だったぜぷぎゃー問題は、どこかで自分で決着をつけなければならない。見る前も薄々わかってたやろ、とも思うし…まあでも、一応見てみよか。 映画の最初、アスファルトの地面にチョークで子供の絵の落書き…もうこの時点でA24じゃん(笑)ダメっぽ。北野武に感化されたような(悪い方の意味で)静止画のようなシーンが多数。途中途中で、個人的にもっとも苦手な映像手法である「第四の壁」問題まで出てきて最悪。バーで変な歌が2曲も流れる。イヤなやつ、ダメなやつのオンパレードでしかない。しかし、テレビの中に入りたいとはどういうことなのか?(原題は「I SAW THE TV GLOW」なのでちょっと違うっぽ)気になったので見続け…たけど、まぶたガーだ〜んだ〜ん重く〜な〜る〜 途中も我慢して体動かしたりガム噛んだりなんかして頑張って見たけど、作中作の「ピンクオペーク」もさっぱり興味を惹かれるレベルではなかったし、全体を通してあまりにも意味不明しかなかったので見終わった後に解説してるサイトを見たところ、監督がノンバイナリーでトランスジェンダーの人を描いた作品なんだと。 …え? 解説読んでも理解できないところは、いかにもA24っぽい。性的少数者で、人生の中で、真剣に、深刻に、自身のセクシャリティに悩み抜いた人は、こんなふうに「逃避」しない。逃避したいし、しかけるんだけど、実際には逃避の方がおそろしい結末を迎えるとなんとなくわかるから、そこは堪えてみんな生きている。クローゼット(または土に埋められた棺桶)の中では自分の人生を生きられない。この主人公の生きる世界は、だから日本の昭和だよね。昭和のTSがクローゼットのまま年齢を重ね、最後まで自分の人生を生きられなくって可哀想って映画にしか読み取れない。可哀想な人を「可哀想」って描く映画って、どうなの? こうした物語で「逃避」を主人公に選択させるのは、外部からセクシャルマイノリティを俯瞰して眺めてる人が、それを題材にしようとするときに使う表現方法でしかない。またはファッション的に取り上げており、冒涜に近い。当事者はまずは家族、そのあとで社会において苦痛を味わわされるが、この映画では家族もすぐに死んでしまいろくに苦悩のプロセスはないし、社会に出ると言っても非常に狭いコミュニティでしかなく、その狭いコミュニティでは生きづらいって言いたいのかもしれないけど、そこから出られないのは自分自身の選択でしかないし、それを何か別のもののせいにして年老いたとしても自己責任。だからこの映画は何が言いたいんだよ?!ってなる。 そうしたさまざまな意味において、この映画を絶賛することなんて1ミリもできない。現実の当事者たちは、逃避を考えた結果、自分を地面に埋めて殺してはいけないと奮起して生きている。すでに多くの人々がそうしていることを、あえて「そうではない」視点、「それができない人の視点」で描く意味がまったく理解できなかった。 【視聴:Amazon Prime】