
dreamer

폭력과 열정
평균 3.5
"イタリア映画界の巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督の自らの死を近くに見据えた晩年の代表作「家族の肖像」" イタリア・ネオリアリズムの開拓者であると共に、既に過去のものとなったヨーロッパ文明というものを愛惜する耽美主義者でもあり、ヴェリズモ(真実主義)とデカダンス(頽廃主義)の両極を備えていた、イタリア映画界の巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督が、自らの死を近くに見据えた晩年の代表作「家族の肖像」。 この極めて舞台劇的な作品を1974年に完成した後、ルキノ・ヴィスコンティ監督は、彼の遺作となった「イノセント」を最後に、1976年3月、心臓病が再発して、69歳でこの世を去りました。 この作品の演出は、車椅子の上で行われたものであり、映画のタイトル・バックとラストに出てくる心電図のテープは、彼自身の"死の予感"を示すものであり、"死の足音"であったのかも知れません。 この映画「家族の肖像」についてのヴィスコンティ監督自身の言葉は、この作品が、彼の遺言だと言われているだけに、非常に重要な意味を持っていると思います。 「私の世代の知識人である主人公は、時代と調和して生きることを知らぬまま、今日の世代と激しく衝突して、その結果、瀕死の余生を迎えるに至ります。 年をとった人間が、若者に対して、自分の子供のようなつもりで触れ合いを持とうとしたところで、それだけで理解し合えるわけがないし、うまくいくわけもない。 この主人公は、人間嫌いで、他者からもたらされる騒ぎを嫌い、全き沈黙に生きることを望んでいるエゴイストで、マニアックな蒐集家です。 人間と人間が抱えている問題こそ、人間が生む作品などより大事なのに、それを認めることを拒否している点では、罪ある人間です。 私自身の世代の知識人の社会への関わり方とその責任、その意志、そしてその敗北という結果----つまり、文化というものの寓意をこの作品で問うてみたかった」と語っています。 貴族の解体を描いた「山猫」や、老醜をさらしての少年愛を描いた「ベニスに死す」などの彼の作品には、社会的・家族的・知的な安定と静寂が、一転して矛盾に満ちた破局へと至る場面を描いたものが多く、その最後の瞬間において、「結局、人は自分と対決することになります。 そして、それは直面する状況を何ひとつ変えられる望みのないほど、徹底して孤独なのです」と語る、ヴィスコンティ監督の人生観を知ることなしに、この映画を深く理解することは難しいのではないかと思います。 この映画の主人公は、ただ"教授"と呼ばれますが、「進歩の代償は破壊だ」や「科学技術が奴隷制度を産む」という彼が語るセリフから察して、第二次世界大戦中、アメリカで原子力開発に当たっていた科学者らしいということがわかります。 この"教授"を演じる名優バート・ランカスターは、「山猫」ではサリーナ公爵の役でしたが、1860年前後のイタリア統一時代の、旧勢力の没落を予見しながらも、家父長的な矜持を守った公爵と、この「家族の肖像」での"教授"とには、何か相通じるものがあるような気がします。 この映画の英語名での原題の「Conversation Piece」とは、18世紀に英国でよく描かれたという、上流階級の団欒をその画題にした一連の肖像画とのことですが、その描く「家族の肖像」は、気品に満ち溢れていますが、そのため、却ってその裏には、実生活での激しい憎悪と頽廃とが隠されているようにも思われます。 この肖像作品の蒐集に専念することによって、"教授"が浸っていた、古き良き時代への"懐旧と静寂"は、現代の世相の縮図とも言える、不思議な四人の家族が、間借人として闖入したことで破られることになります。 各人それぞれに、異様で、また孤独な五人が、一見すると家族の団欒のように食卓を囲む場面は、現代的な"家族の肖像"ですが、"新旧の時代の対立と混乱"をはらむ、その肖像には、最終的には破局しかないのです。 そして、富豪な夫人(シルヴァーナ・マンガーノ)のペットともいうべき美青年(ヘルムート・バーガー)への教授の想いに、「ベニスに死す」での美少年タジオへの少年愛を連想させるものを感じました。