
えりか

이노센스
평균 3.6
映像きれいで音楽もかっこいい。世界観のクセが強くて、めちゃくちゃ引き込まれる。ストーリーはつまらない訳じゃないけど、興奮する面白さではない。 絵画鑑賞、哲学的問いかけをされたときの感覚に近い。芸術作品的な、静かな面白さ。なので、繰り返し観たくなる。 ただ台詞は引用を多用しており初見での解りやすさはなく、頭を使うし、終始暗く重苦しい雰囲気なので、観ると疲れる。好き嫌い別れるよね、これは。 引用によってその一言に倍の情報量が詰め込まれてるので、追いかけると面白い、しかし非常にめんどくさい。笑 ・ ・ ・ ・ 以下考察、雑記 ・ ・ ・ ・ 【生身の犬の役割】 ワンちゃんがめちゃくちゃかわいい。この映画における癒し。 すごい描写がリアル、懐いてる犬ってホントこんな感じなんだよ~。ナマモノってところで、あえてめちゃくちゃこだわってリアルにしてる感じした。 ストーリー上でも、バトーさんにとっていろんな意味で自分の存在が確認できる大切な存在で、帰る場所で、癒しなんじゃないかなぁと思う。 餌食べるときにバトーさんがお耳を出してあげるところ、ごはん食べて遊んでお膝で寝ちゃうところ、エモエモのエモ!!! こんな仕事してて独身で、何かあったらこの子はどうなるの?とか、餌はドライにした方がいいとか、手間のかかる部類の犬をわざわざ…なんて全部わかってるんだよね~わかってて自分を自分たらしめるためにとって必要だからやってるの、きっと。 イシカワさんも、バトーさんがわかってるのわかってる上で強めに口出しするんだよね。「ドライにしろ」って餌とバトーさんに対してとダブルミーニングなんじゃないかな~ 最後のシーンでワンちゃんのお手々ぱたぱたさせてるの最高にかわいい。 ・ 【振り回されて成長する若いトグサ】 荒巻部長の 「シーザーを理解するためにシーザーである必要はない」 「人間はおおむね自分で思うより幸福でも不幸でもない。肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないこと」 「孤独に歩め、悪をなさず、求めるところは少なく、林の中の象のように」 ってめっちゃ深い。 でもわかってればできるって話じゃないから、生きるのってめんどくさいんだよーー。 それにしても、もし現実にこんな示唆的な表現ばかりする上司いたらめんどくさすぎて頭おかしくなる。笑 ・ トグサくんが現場刑事の嫌みにムッとしたあとの バトー「自分のツラが歪んでいるのに、鏡を攻めて何になる」 トグサ「鏡は悟りの具にあらず、迷いの具なり、か」 のくだり、大変勉強になります。。 ・ 全体的に、わかってるようでよくわかってないトグサがいい。バトーにも部長にもうまいこと振り回されてる。それが必要な役割で、彼の成長にも繋がってるんだろうけど。 実際やられたら「なんで言ってくれなかったの、この人たち…!!!いつも、そう…!!!」って泣くな。あとから感謝するんだろうけど。 ・ 【バトーとトグサの対比】 人間と機械の境界がどんどん曖昧になっていくなかで、自分の存在も曖昧になっていく恐怖があるからこそ、ガイノイドの「助けて」がちゃんと届いて、自殺させるのではなく自分が撃ったし(警官二人を殺したっていうのは建前)、 真相がわかったあとにめちゃくちゃ怒ったバトーさん。 一方、ほぼ生身のトグサくんは「ガイノイドが自殺?自壊では??」ってなるし、ハラウェイ博士の「人間の定義とは?」「なぜ人間は自分の似姿を作りたがるのかしらね?」って話からの「子供と何が違うってーの?」って皮肉じみた発言に、「子供は人形じゃない!」って怒る。いやまぁそうよ、子供は人形じゃないけど、じゃあ逆に無機物にはゴーストがないと定義するものは何なのって話よ。 「助けて」もトグサくんにとっては音声データだけど、バトーさんにとっては声だから止める。こういう対比にもトグサくんは必要不可欠な存在よね。 ハラウェイ博士の「ミスもミセスもいらないわ」が意図するところなんて、トグサくんにはわからんだろうし、そのあと車の中での「じつは年上が好みなんだ」とかいうオシャレな冗談みたいなやりとりとか、結構やな感じである。 この映画でのすべての経験を終えたら、トグサくんは鏡を見てもろて。荒巻部長の言葉も反芻してもろて。 ・ 【ロマンチストバトーさん…】 バトーさんの守護天使発言だけソワソワしてしまった。笑 いや、実際そうなんだろうし、バトーさんて意外と乙女って言うかロマンチストって言うか、、だから違和感とかじゃないんだけど! 真面目にカッコいいシーンなんだろうけど…いやしかし天使て!!!🙃 ちょっとだけ「うへぇ!」って思ったけど、バトーさんはいつだってピュアで優しくて渋くてかっこいい男だよ。。 ・ 【人形になりたいのにめっちゃ感情的な男、キム】 「あそこの人形は良くできてる」って言うキム、トグサくんに「人殺しをやらかしたあげくに、自殺するくらいにか?」と煽られて、熱い人形語りを開始。 トグサくんはここでも「仕事の話をしよう」と言ってたけど、もう遅いよ、頭いい上に強固な思想の持ち主だから、そんなんで止まる訳ないよ…あなたが始めさせた話だよ…。 キムは完璧な生身の人形を作りたかったからゴーストコピーに手を貸してたのかな。自殺することがあるなら無粋だって言ってめちゃくちゃ語り出したのは、ハダリ暴走事件で内心イライラだったんだろうか。 疑似体験の迷路でトグサくんの扱いがひどかったのは、それもあって煽りにめちゃくちゃムカついたのと、キムが悶々としてることで悶々としてないトグサくんに対する当て付けだったのかしら。 ・ 【その他】 ループシーンがめちゃくちゃ不気味で綺麗。バトーさんが車開けるときのsafeナンバーが「2501」になってて、3回目のループでもその番号が示されてるのよかった。 ・ 最後なんでハダリが暴走したのか因果関係がよくわからんかったけど、キムが死亡したら起動する潜伏性ウイルスを仕掛けていたかららしい。そう言われて見ると、そんな描写になっている。 ・ ・ 【その他、気になった引用メモ】 ●個体が作り上げたものもまた、その個体同様に遺伝子の表現型だ (バトー:生命の本質が遺伝子を介して伝播する情報だとすれば、社会や文化もまた、膨大な記憶システムに他ならないし、都市は巨大な外部記憶装置ってわけだ) ●忘れねばこそ思い出さず候 ●信義に2種あり、秘密を守ると正直を守るとなり。両立すべきことにあらず ●秘密なきは誠なし ●生死の去来するは、棚頭(ほうとう)の傀儡たり、一線断ゆるとき、落々磊々 (色々見て、元の意味は「輪廻転生を繰り返し解脱しないことは、糸が切れたら崩れ落ちてそれで終わりの棚から吊った操り人形みたいなもん」という意味で解釈。 それを世阿弥が演技論に引用して、「演技はヒトの意識的模倣だけれど、それを観る側に悟られないのが本物の役者である。それに気付かれるのは操り人形の糸が見えるようなものだから、内面でそれをしているのを気取られないように頑張りなさい」って書いたっぽい。 ストーリー上では、ほらね、人間と人形の境界がもっと良くわかんなくなってくるだろ?果たして自立したガイノイドは作り物なのかね?的な問い掛けにも思える。) ●人の上に立つを得ず、人の下につくを得ず、路辺に倒るるに適す (バトー:ロバが旅に出たところで馬になって帰ってくる訳じゃねぇ、器なりに身を持ち崩したバカな野郎さ) めちゃくちゃ辛辣である。 ●寝(い)ぬるに尸(し)せず …死体のふりしてふざけるキムに、死体のように寝ちゃならんと孔子様も言ってるだろうがというバトーさんおこ。 ●キムの人形語り 「真に美しい人形があるとすれば、それは魂を持たない生身のことだ。崩壊の寸前に踏み留まって、つま先立ちを続ける死体」「人間はその姿や動きの優美さに、いや、存在においても人形に敵わない。人間の認識能力の不完全さは、その現実の不完全さをもたらし、そしてその種の完全さは、意識を持たないか、無限の意識を備えるか、つまり、人形あるいは神の領域しか実現しない」「いや、人形や神に匹敵する存在がもうひとつだけ…」「バトー:動物かぁ」「シェリーのひばりは我々のように自己意識の強い生物が決して感じることのできない深い無意識の喜びに満ちている。認識の木の実を貪ったものの末裔にとっては神になるより困難な話だ」 …ここでもワンコの存在がストーリー上で生きてくる。 こーーんな人形の美しいところを殺して、人間のコピーみたいな人形を作るなんて無粋な話、という「人形の自殺」に対してのキムさんの感想。 だからってあんたの作った生身の人形が美しいかっつったら、だいぶ悪趣味だけどねって話。。 ●いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや …死んだあとのことを考えるよりも、今、生きている間のことを考える方が重要だということ。 仕方なく人形に入って死んだふりしてんのかって言うバトーさんに、死んだふりって言いますけど、死ってものを理解してる人なんています?というキムの皮肉的な返し。 ●キム:多くは覚悟でなく、愚鈍となりてこれに耐える/バトー:生身の人形は死を所与のもとのしてこれを生きる …多くの人は、死とかよくわからんけど、死ななきゃならんから死んでるだけだろ?というキムに、 はぁなるほど、お前の理論だと、生身の人形は人形のように生きるも死ぬも目の前にあるもの、だからそうなったって訳ね、というバトーの解釈。 ●キムのトグサくんだって虚無煽り 「外見上は生きているように見えるものが本当に生きているのかどうかと言う疑惑。その逆に生命のない事物がひょっとして生きているのではないかという疑惑。人形の不気味さがどこから来るかといえば、それは人形が人間の雛形であり、つまり人間自身に他ならないからだ。人間が簡単な仕掛けと物質に還元されてしまうのではないか、という恐怖。つまり、人間と言う現象は本来、虚無に属しているのではないかという恐怖」 …これにもトグサくんは「いい加減仕事の話しようぜ」って言う。 ●キムのなぜそんな恐怖が始まったのか語り 「生命と言う現象を解き明かそうとした科学もこの恐怖の醸成に一役買うことになった。自然が計算可能だという信念は、人間もまた単純な機械部品に還元されるという結論を導き出す。」「バトー:人体は自らゼンマイを巻く機械であり、永久運動の生きた見本である」「コンピューターによって記憶の外部化を可能にしたときから、人間は生物としての機能の上限を押し広げるために、積極的に自らを機械化し続けた。それはダーヴィン流の自然淘汰を乗り越え、自らの力で進化論的闘争を勝ち抜こうとする意思の現れであり、それ自身を産み出した自然を越えようとする意思でもある。完全なハードウェアを装備した生命という幻想こそがこの悪夢の源泉なのさ」「バトー:神は永遠に幾何学する」 ●バトー:(幸運と同じように)不運もまた三度兆候を示す。見たくないから見ない、気がついても言わない、言っても聞かない、そして破局を迎える。だが、俺たちの世界じゃ最初の兆候を見逃せば終わりだ。 …口出しするイシカワ、聞かないバトーくんにも通ずるものがある。 おめぇとは履いてる靴が違う、ゴーストがそう言ってるって言い切れるバトーさんはもう大丈夫。 ●理非なき時は、鼓を鳴らし、攻めて可なり …いけるかいけないかわからんときは、いっちまえ的なこと ●鳥は高く天上に蔵れ、魚は深く水中に潜む …少佐、そこにいたんだな、的な。疑似体験の迷路で、均一なるマトリクスの裂け目の向こう・広大なネットのどこか、そのすべての領域に融合した少佐の存在を実感し、バトーさん元気出る。 ●何人か鏡を把りて、魔ならざる者ある。魔を照すにあらず、造る也。即ち鏡は、瞥見す可きものなり、熟視す可きものにあらず …鏡見すぎると闇落ちするよ、ちょっと見るくらいがいいよ、的な。 トグサくんの鏡の話ともリンクする。 ●鳥の血に悲しめど、魚の血に悲しまず。声あるものは幸いなり ほんとそれな、残酷よ自分含め人間は。 それはさておき、そりゃ子供は人間と人形を区別するよね。トグサくんも人形に対して感情を持つ感覚にピンときてないんだもの。バトーさんも自分でどこが境界になってるか明確じゃなさそうだけど。