
星ゆたか

진흙강
평균 3.7
2023.12.29 【対談レビュー*第11回】 今回は私.星ゆたかの所へ雨あられさんと水きよしさんを招き、自前の録画ディスク「泥の河」を一緒に見てもらい。その後の対談会となりました。 どうぞよろしく😃✌️ (雨.水)本当にどうもいい映画ありがとうございました。 感激です❗ねっ‼️ (星)やぁ私も久しぶりで。 多分これはNHK.BSTVの『山田洋次監督が選んだ日本の名作100.家族編の秋放送を録画ディスクダビング(2011年)して以来。12年ぶりの鑑賞でしたよ。 一番最初に見たのは82年の1月東映系劇場公開で。 その前の年に東京の銀座並木座から草月ホール一般公開があまりにも評判が良くて。 その後の全国興行の運びになった時に見ました。今回も『じ~ん』と泣かされました。 (水)キネマ旬報の邦画ベストワンを小栗康平監督(45年生まれ)の本作と。 同じ監督デビュー作品だった「遠雷」(根岸吉太郎:50年生まれ)と競い合ったみたいだった。 昭和56年という年、貸しレコード店なんて業種があったんですね。 レンタル.CDのない時代です。 この作品では加賀まりこさんが助演女優賞受賞で話題だったとか。 でもさすがに頷きの存在感でした。 (雨)私の名前と同じ“アラレちゃん”というアニメ(Dr.スランプ)が大流行したみたいです。 それと後に知ったんですけど。 脚本家.向田邦子さんを乗せた台湾航空機が墜落したのも確かこの年の夏でした。 映画の原作は宮本輝さん(47年生まれ)で77年に出版されてます。 (星)宮本さんが28歳の執筆の動機として語っている言葉を紹介します。 『私の心の中には絶えず一つの風景があった。大都会のはずれで合流する二本の大きな川と、陽を受けて黄土色に輝く川面のさざなみ。ポンポン船に曳かれて行く木船の上に座った犬、船上に干された洗濯物、水上生活者達の日焼けした微笑みなどであった。前後もなければ何の脈略もない一瞬の風景を、私はどうしてもある一つの物語として創り上げてみたいと思うようになった』と。 (水)この物語は大阪.安治川の河口を舞台に河っぷちの安食堂に住む9才の少年と、その対岸にある日現れた廓船(くるわぶね)の姉弟との束の間の出合いと別れを描いた物語ですが。 ロケは大阪でなく愛知の「中川運河」で名古屋の「小栗橋」周辺との事。 運河周辺には沢山の倉庫があり、昔から水路として使われていたらしい。 その心にしみる懐かしさは見る者の年齢が、子供の時代から遠ざかれば遠ざかるほど“沁みる”映画ですね。 (雨)そうですね。昭和31年の夏の一月あまりの少年時代の出合いと別れとは。時が過ぎれば過ぎるほど、あの時がやはり少年から青年へ、更に大人の世界に旅立つていた時期だったと。 顧みて初めて気がつくんですものね。 当事者どうし、大人は大人、子供は子供。それぞれ相手の心の区域には決して入り込めないですから。 お互い見据えてはいても、余計な口出しはしないのが普通ですよ。 (星)物語の背景は1956年(昭和31年)『戦後は終わった』と一部で歌い上げてみても。 まだ「戦争」が確実に残っていたと言われてました。 食堂の父親(田村高廣)はシベリア帰りの復員兵だったし。 しかも出兵.抑留などの戦争がなければ、劇中.元妻の死を家族で見送る過程も、違う形になっていたかもという疑問符まで残す。 冒頭.自分の馬車に轢かれて死んでしまうおっちゃん(芦屋雁之介)も負傷兵あがりで。 廓船をするようになった一家も夫を亡くし、一旦は普通の暮らしをした上での事だったらしいし。 戦争の後影が大きく庶民の人生に落ちていたという事です。 (雨)三人の子役朝原靖貴、姉弟役の柴田真生子.桜井稔さんらがオーディションで選ばれ演じていて。 それぞれその時の容貌と言動の子供らしさが出てて素晴らしいです。 でもこの作品以外は活躍してないみたいですね。 加賀さんは最初監督に。 『泥船にふさわしく身を売っている女だから、スッピンに近い顔で』という注文に。 『あの少年が見た初めての女』っていうイメージを大切にしたいと主張して。 お化粧で綺麗にしたと話してました。 また陸の上の食堂の藤田弓子さんがリアルな普通の生活感ある創りだったから。 それに反してやって良かったとも話してます。 (水)最初廓船だから夜は近付くなとか。一般論を語りますが。 それでも食堂の客が廓船の子供がいる前で、卑猥な空口をはく者は帰ってくれと追い返したり。 また食堂の両親は子供に何の責任はないと分け隔てなく接するんです。 例えばあの上のお姉ちゃんが風呂に一緒に、食堂の母親と入り背中を洗い合い笑っている光景や。 父親が得意の手品(とっくりとおちっこの)を何度もその息子らにせがまれる所なんて。 とっても素敵でしたよね。 (星)白黒映像で夏祭りの昼夜の情感もタップリで。 主題曲.オカリナの音色が基調となっていた毛利蔵人さんの音楽も良かったですね。 効果音としては。 ラジオの『赤銅鈴之助』の主題歌。 蕎麦屋の窓から背伸びしてみるテレビの相撲中継など。 それと廓船の少年が亡くなった父親に教わったのか。 そらで軍歌(♪戦友)を最後まで歌って食堂の親父さんに感心されるとか、この時代ならではの描写でした。 やっぱりこの映画は80年代を代表する日本映画の一本と言えますね。 それではそろそろお二人もお帰りの時間となりましたので。 この辺でお開きとします。 ありがとう😉👍🎶ございました。