
Sae Darcy
사바하
평균 3.2
2回目の鑑賞を経て自分なりに考察。 想像の斜め上をいく展開がとても斬新ですが、相当練られているのでしょう、全く無理のない進みかたで最後まで華麗に持っていきます。 面白いなと思ったのは、主役イ•ジョンジェをカメラ代わりに使っているところ。 本作に置ける彼の役目は全体像を見せたり人や宗教団体の関連性を視聴者に説明することのみで、実際彼が作中で展開を左右するような重要な言動をしたシーンは一度もありません。 ホラーだとカメラを持って心霊スポットを探検するような演出がありますが、あれをイ•ジョンジェを登用して自然に行っています。 結局のところ、悪鬼と言われていた姉は悪鬼で違いなかったのだけど、極限まで"神"に近づいた"神"もどきの人間を殺すために生まれてきた存在なのでした。 "神"として崇められたその人は実際偉人で人間を越えた存在であったのに、自分の永続し得る生を揺るがす天敵が現れることを知らされてからというもの、生きたいという欲に溺れてしまう。 価値ある自身が生き続けるためにはしょうがないと無害の子どもたちを何十人も殺められることが、既に"神"どころか人間でさえもなくなっていることにも気付いていない哀れさ。 天敵の事実が知らされてから欲が出たのではなく、もとから彼のなかにあった欲が僧侶の予知で外に噴出しただけ。 人間というものが、どれだけ修行したとて欲を捨てきることのできない強欲な悲しい生き者であることを表しているように思います。 そんな彼を自分の命をもって制した姉は、そのタイミングで善き姉となって死んでゆく。 "神"もどきと悪鬼の善と悪がスイッチしたかのような演出も面白い。悪と善は両方あることでバランスを取っていて、どちらか一方だけが存在することは出来ないのですね。 正反対のメッセージだけど、仙人になりたい青年が、母を見殺しするという与えられた試練を越えられなかったことで人間の慈しみの心を描いた芥川龍之介の杜子春を思い出しました。