
てっぺい

콰이어트 플레이스 2
평균 3.3
2021년 06월 19일에 봄
【音が豊かな映画】 前作がより理解できる前日譚に始まり、そして一気に広がる世界観。呼吸も止まるほどの静寂の恐怖は前作そのまま、爆裂音や心の機微まで、音の表現がとにかく豊か。家族の絆で繋がるラストに映画の一本軸あり。 ◆概要 「クワイエット・プレイス」('08)の続編。 監督・脚本:ジョン・クラシンスキー 出演:「プラダを着た悪魔」エミリー・ブラント、「ワンダー 君は太陽」ノア・ジュプ、「インセプション」キリアン・マーフィ、「ワイルド・スピード SKY MISSION」ジャイモン・フンスー ◆ストーリー 生まれたばかりの赤ん坊と耳の不自由な娘のリーガン、息子のマーカスを連れ、燃えてしまった家に代わる新たな避難場所を探して旅に出たエヴリン。一同は、新たな謎と脅威にあふれた外の世界で、いつ泣き出すかわからない赤ん坊を抱えてさまようが……。 ◆トリビア ○ パラマウントは本作のスピンオフを製作すると発表。エミリー・ブラントはクラシンスキーが第3作のアイデアを持っていることを明らかにした。(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/クワイエット・プレイス_破られた沈黙) ○本作公開から45日後に米バイアコムCBSの動画配信サービスParamount+で配信開始予定。(https://eiga.com/news/20210616/8/) ○リーガンを演じるミリセント・シモンズは、自身も役柄と同じ聴覚障害を持つ。(https://eiga.com/news/20210511/25/) ○前作に引き続き監督・脚本を務めたジョンは、エミリーの実夫であり、前作で夫リー役も務めた。(https://eiga.com/news/20210511/25/) ○ 監督兼脚本家のジョン・クラシンスキーも、主演女優で妻のエミリー・ブラントも、続編を作るのには大反対だった。(https://news.yahoo.co.jp/byline/saruwatariyuki/20210619-00243751/) ◆ ◆以下ネタバレレビュー ◆ ◆前日譚 “何か”が襲来するDAY1から描かれる、いわゆる前日譚。前作冒頭で家族が身を隠していたスーパーで、夫リーが買い物をするところから始まるあたり(前作で三男を失うきっかけになるロケットのおもちゃが陳列してあった)、ファンへのサービスをしっかりこなす。さらには、孤立した一軒家での展開だった前作では描けなかった、街中での“何か”による襲撃のカオスの迫力。特にイヴリンが運転する車の後部座席からの目線の映像は、スピードを落とす事なく向かってくる“何か”が乗るバスからバックで逃げる、ど迫力満点のものだった。 ◆静寂 ほとんど音がなく、映画館で身動きが取れなくなるほど静寂だった前作とは少し違った本作。大きな違いは、森を進むシーンや、道にまかれた砂を踏んで歩くシーンの音の有無。“音を立てたら即死”がテーマだった前作は不気味なほど無音だったものが、本作では有音だった。“何か”の迎撃法が分かっている本作では、音を立てる恐怖から、音に向かう恐怖に少しテイストをシフトしていたと思う。 ◆家族の絆 脚本・監督のジョンは「何があっても家族を守る」という思いを込めた作品だと語っている。(https://news.yahoo.co.jp/byline/saruwatariyuki/20210619-00243751/)前作ではリーが、今作ではイヴリンが特に家族を守る存在。イヴリンがマーカスに言い聞かせた「もう2度と家族を失いたくない」のセリフにはそれがよく表されていた。また、本作のラストカットは補聴器の映像。これは前作で父が娘のために何度も試行錯誤して作ったものであって、いわば父の想いそのもの。それは死してなお、娘と家族を守り続けた父の姿だったように思えた。 ◆リーガン 本作でほぼ主役のリーガン。まさに前作の父のように、勇敢に“何か”に立ち向かう姿や、ラジオで見つけた音楽の謎を究明していく前向きな姿勢が印象的だった。その中で一方、リーガンの難聴に気づかず言葉をまくし立てるエメットのシーンには、難聴者が日頃抱えるストレスをそっと表現していたようにも思えた。そんな彼女が、補聴器を武器に“何か”を打倒するラストは、前述の“家族の絆”的な理解に加えて、障害に対する偏見への、本作が表現する普遍的なアプローチにも思えた。 ◆無音 また前述の“静寂”目線で言えば、注目したいのが、本作で完全無音となる、DAY1で“何か”から逃げる車で父を急かすリーガンの目線や、道中で補聴器を失い泣き叫ぶリーガンのシーン。つまりリーガンの目線になるシーンで完全無音を強調する事により、見る側が一気に彼女の心に入り込むようなそんな感覚に。前作では恐怖をあおる無音が、本作ではリーガンの心の内に没入する演出として使われていた、なんて比較も面白い。それだけ本作は音の表現が豊かで、リーガンを通しての映画の一本軸を感じられる、ただのホラー映画ではない仕上がりになっていたように思う。