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星ゆたか

星ゆたか

1 year ago

3.5


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6번 칸

영화 ・ 2021

평균 3.5

2025.4.5 フィンランド期待の監督ユホ·クオスマン(1979年生)の2022年カンヌ映画祭グランプリ作品。 モスクワで考古学を留学し勉強しているフィンランドのラウラ(セイデイ·ハーラ.84年生)。 尊敬し慕う女性教授イリーナと。 世界最北端駅地·ムルマンスクにあるペトログリフ(岩面彫刻)を見に行く予定を断られ。 結局1人で旅する事に。 サンクトペテルブルクからペトロザボーツクを経由して目的地ムルマンスクに向かう寝台列車に乗り込んだ。 時は1998年。まだ携帯もない。 狭いコンパートメント6号室には。 同じムルマンスクに行くと言う理由で一緒にされたロシア人の炭鉱労働者青年リョーハ(ユーリー·ボリノフ.92年生)。 酒を飲み下品な軽口(あんた売春婦?)をきき。 一緒に寝泊まりするのは『無理.替えて』と女性乗務員に訴えるが。 いかにも(?)社会主義管理下の杓子定規の彼女の受け答えは『我慢して!』 しらふになっても話しタガル.リョーハの人懐こしさに次第にホダサレ.ラウラも。 彼の会話に乗るようになる。 『旅の目的が、岩面彫刻(ペトログリフ)を見に?それって面白いの?信じラレネェ』 『1万年前に描かれた岩絵なの。人間は歴史を学ぶ必要がある、過去を知れば現在を容易に理解できるのよ』 『オレネゴルスクGOK採石加工工場で働き、自分の事業所開設資金稼ぎだ』 『何の事業所?』 『❔とにかく事業所だ!』 この長旅列車は度々駅に停車する。 その時間は数時間から1日に及ぶ。 ラウラは公衆電話からイリーナに連絡するが。 どことなく“ソッケナク”。 彼女の想い(上品で洗練された社交世界生活に憧れ)と。 “平凡な年下性友達”意識の彼女とのズレとを電話の度に気ずかされていく。 一方リョーハは、そんな事お構い無く。 一晩列車が停車して降りた土地では。 どこからか拝借シテキタ車(鍵でなく配線でエンジン掛け)に同乗させ。 ある年配(60歳前)婦人の所へ案内する。 『ウオッカとストーブと猫の家だ』婦人と意気投合。 そこで『誰の声を聞かなくていい、自分の心の声に従いなさい…幸多き人生でありますように、乾杯!』とグラスを重ねる。 ここでは自分が誘っておきながら、リョーハは女二人にして彼は早々と先に寝入ってしまう。 だから、ここへラウラを誘った訳は、何となくこの二人なら、話しの合いそうな女同士と思ったのか?。 再び列車へ。 ロシア語を話せないで乗車を困っていた、同郷のフィンランド青年がいて。 ギター抱えながらのその放浪旅男をラウラは同室に招く。 これは、あの婦人との出合いでラウラが、開放的な心持ちになったからか。 反対にリョーハはラウラの心に婦人の件で近付けたかなと思ってウキウキ😃🎵なのに…。 思いがけなく、この同年代の男を“断りもなく”招き入れ。 しかも二人でフィンランド語で親しげに話す様子が、何ともオモシロクない。 そして外のホームで雪の路面でフテクサレて滑り転んだ、リョーハの様子を列車内の窓から眺めるラウラの視線は母親のようで。 その後の2人が子供のようにハシャイダリ、フザケアッタリする言動に繋がり。 まるで一緒に育った姉弟のように変化していく❗️。 そしてラウラが“余裕の心”から同郷のよしみで同室させ共に行動したのに。 そのフィンランドの旅青年は何と別れ際に。 彼女の一番旅のお供に大事に持ってきて。 これまでのイリーナらとの場面や、この旅の記録も録画したビデオCAMERAを盗み去って行って閉まったではないか⁉️。 この辺の当たり障りの印象は良くても。本質は感情の無い大人世界の人との、いわゆる社交儀礼的対人関係であるとの現実。 だからむしろ、リョーハのような不器用で、 素っ気ない、綺麗事は言えない人間に。 案外気持ちの込もった素直な、嬉しくなるような言動があるのかも知れないとする。 この映画の視点がありそうだ。 この後、映画は二人が目的地に着くが。 ラウラはそのペトログリフ(岩絵)には冬場は交通止めで行けないと案内所で言われる。 そしてムルマンスクに着く前の晩。 ラウラは彼の寝顔を(本当はビデオカメラで撮ってあったが例の同郷旅人に盗まれた)スケッチした紙をあげ。 連絡先を教えてと言うが。 リョーハは所詮旅で同室になっただけで。 しかも自分とは違う世界を目指している女性と判断し。 それには応じない。 彼女の方から抱きしめられた所で。 リョーハが(涙)流す場面がとても心震えて((🤣))イイ。 彼らのそれまでの生き様が垣間見られるのだ。 多分そのような優しさには恵まれてなかったのかも知れないと。 更に、しかし何とかペトログリフへ行く手段はないか?と。 ラウラは困って、一旦別れた彼の勤務先を訪ね、置き手紙を委ねホテルに戻る。 すると要件を理解したリョーハが訪ねてきて。 船やタクシーを工面して一緒に近くまで何とか行着く。 残念ながら、マイナス40度下の厳冬の地で岩絵は見られなかったが。 そこでは、2人のそのタダタダ寒々しい雪の中でハシャグ(俳優も大変)充実感を持てた道行きであった事がわかる。 そして、最後にリョーハから受けとった紙キレには。 出会った頃フィンランド語で『愛してるは?』のリョーハの問に、ラウラが教えた。 『ハイスタ·ヴィットウ』(くたばれ)の文字と。 ヘタなラウラの顔(らしい)絵。 要点として、この映画は《他人の人生に憧れるのでなく。自分の人生を生きる覚悟が出来るか》 〈それは人との出合いと別れを繰り返しながら目覚めていく〉 〈また国籍やジェンダーや職業そしてバックグランドの違い〉を乗り越えて。 などをロードムービー形式で描いた。 それは性格の異なる二人がいがみ合いながらも旅を続けながら育んでいく。 「或る夜の出来事」(34)「恋人たちの予感」(89)等。 これまでも数々の映画で触れてきたように。