
dreamer

킬 빌 2
평균 3.1
"マカロニ・ウエスタンをベースに香港のカンフー映画をスパイスにして、偏愛するB級エンターテインメント映画へのオマージュを捧げた、クエンティン・タランティーノ監督の「キル・ビル Vol.2」" この映画「キル・ビル Vol.2」は前作の「キル・ビル Vol.1」同様に、クエンティン・タランティーノ監督が、敬愛してやまない、B級エンターテインメント映画にオマージュとリスペクトを捧げた作品で、「Vol.1」が日本の任侠物のヤクザ映画をベースに、マカロニ・ウエスタンをスパイスにしていたとすれば、「Vol.2」はマカロニ・ウエスタンをベースに、香港のカンフー映画をスパイスにして撮った映画だと思います。 ザ・ブライド(ユマ・サーマン)の「Vol.1」から続く復讐の旅は、テキサスの荒野へと向かい、そして、メキシコへと続いていきます。 その残された復讐の対象は、ビルの実弟で日本刀の使い手のバド(タランティーノ作品の常連のマイケル・マドセン)、片目にアイパッチをした女刺客エル・ドライバー(ダリル・ハンナ)、そして、DIVASのリーダーで、ザ・ブライドの元恋人ビル(デヴィッド・キャラダイン)の三人です。 この映画でのザ・ブライドの回想シーンとして挿入される、中国での修行の場面は、完全にツボにはまりました。 師匠への反発、厳しい修行を経て、師匠の仇との戦い----。 かつて、夢中になったカンフー映画の世界感をモロになぞっていて、もう嬉しくてワクワクさせてくれます。 ズームの多用や灰色がかったフイルムの色も、確信犯的に意図して行っていて、ノスタルジックな気持ちになること請け合いです。 何といっても、カンフーの師匠パイ・メイに扮したゴードン・リューに対する、タランティーノ監督の偏愛ぶりは相当なもので、「Vol.1」の出演に続き、この作品にも出演させていて、カンフー映画の王道とも言える、弟子への厳しいけれども、どこかユーモラスな指導の場面等にタランティーノのこだわりが良く出ていたと、観ていて本当に嬉しくなりました。 一方で、前作と目に見えて雰囲気が異なるのは、アクションの絶対量が、かなりセーブされている点です。 もちろん、エル・ドライバーとの狭いトレーラー内でのキャット・ファイトのように、女同士だからこそと言えるエゲツない、ケンカバトルは用意されてはいます。 それでも、前作の青葉屋での100人斬りや、オーレン・イシイとの対決のような、ヴィジュアルを重視した激しいアクションは鳴りをひそめ、ザ・ブライドの謎めいた心情をフォローする事で、また別のスリルを生み出そうとしているような気がします。 更に、タランティーノお得意の長ったらしく、"無意味な含蓄満載のダイアローグ"が復活しているのが、我々タランティーノ・ファンを喜ばせてくれます。 エル・ドライバーは毒蛇の性質を、ビルはスーパーマンの孤独を延々と語ります。 このクールで、何の脈絡もない、"究極の無駄話"は、何度聞いても楽しいし、タランティーノ流の愛すべき脱線なのです。 愛する夫を殺され、娘を奪われ、身も心もズタズタにされた、ザ・ブライドの長い復讐の旅も、ビルを残すのみとなりますが、結局、この旅は、復讐マシーンと化した彼女が、自分の人間的な感情を奪った相手から、人間性を取り戻していくまでを描いた、心の旅だったのだろうと思います。 そして、その復讐の旅路の果てに、自らの娘を目の前にして溢れ出た「母性」という感情を我が物とするため、言い換えれば、人間らしく生きる自由を得るために、やはりビルを倒さなければならなかったのです。 これが殺人者の哀しき宿命なのか。 ビルは事のあらましを正直に吐露し、全ては倒錯した愛ゆえに始まった悲劇である事が明らかになります。 しかし、哀しき哉、ザ・ブライドは娘の父親ビルを倒すという決心を翻す事が許されないのです。愛ゆえに----。 こうして、最後に彼女は、最高の技を駆使して、ビルを絶命させます。 その名も、"五点掌爆心拳"----。 師匠パイ・メイ直伝の苦しみを与える事なく、絶命させる究極の必殺技なのです。 サブ・タイトル(副題)は、納得の「ラブ・ストーリー」。 このようなドラマを描いても、ウエットな感覚とは程遠い作品になってしまうところが、タランティーノ監督ならではの奥義なのかも知れません。