
Till

용서 받은 아이들
평균 3.4
実際に発生した複数のいじめ死亡事件から着想を得て製作された社会派ドラマ。 不良中学生グループのリーダーである市川絆星は、日常的にいじめていた同級生の倉持樹を殺害してしまう。絆星は警察に犯行を自供するが、母親の説得により否認に転じ、結果的に「不処分」の判決が下される。しかし、世間からは市川親子に対する非難の声が相次ぎ…。 「いじめ」を扱った作品の中では最高峰の出来だと思う。『パズル』『ライチ光クラブ』『ミスミソウ』などのB級映画ばかり撮ってきた内藤瑛亮監督の作品とは思えないほど真っ当に作られており、本作を機に彼はA級監督への階段を一気に駆け上ったのではないだろうか。そのくらい完成度が高い。企画を持ち込んだ映画会社からは作品のエンタメ性や有名俳優の起用を要求されたため(監督は無名俳優の起用に拘った)、より自身の負担が大きくなる【自主製作】に踏み切ったという内藤監督の映画作りに対する姿勢も素晴らしい。 この映画の凄いところはいじめっ子を完全なる【悪】として描ききっていること。いじめが描かれる映画は数多く存在するが、結局は加害者と被害者が和解しちゃうみたいな緩いところに帰着してしまうことも多かったと思う。ちょっと前の『聲の形』はまさにその典型例だが、あれは「アニメーション」という形態であるがゆえ(実写ではないので)、現実とは異なる一つの理想論的なファンタジーとして受け入れることができた。でもこれってやっぱり現実社会では極めて稀なことだと思う。最近では東京オリンピックの開会式の作曲担当者だった小山田圭吾なんていうクズが、学生時代に障碍者の方に対して卑劣極まりないいじめを繰り返した挙げ句、それをまるで武勇伝のように話していた事実が判明し、世間を大いに騒がせた。本当のいじめっ子なんてのはこの程度の人間なのだろう。いじめという行為の残酷性や危険性を理解しない(できない)まま何の反省もせずにのうのうと生きている奴が大半じゃないだろうか。本作はその現実をド直球に映し出しているのだ。いじめっ子である主人公の絆星は根っからのクソ野郎として描かれており、間違っても鑑賞後に「いじめっ子にも同情の余地がある」なんて感想は浮かばないだろう。いじめ加害者の更生は原則不可能だと考えている自分にとっては、この徹底した姿勢には大いに賛同する。 ただ、本作のラスト、ここは賛否分かれると思う。自分も鑑賞直後は「最後はもっと罪悪感で苦しみながら終わってほしかったなぁ」なんてことを思っていたのだが、後から考えてみると実はこの「加害者が罪悪感で苦しむ」という展開も映画的かつフィクショナルな落とし前のつけ方に過ぎないということに気付いた。この映画は徹底的にリアルを追求している。「加害者はのうのうと生きている」という現状、これこそがリアルなのである。そう考えると、この結末にも頷ける。そしてラストシーン、母親が主人公に対してある(道徳的に)異常な行動をとる。その前まではごく普通の仲睦まじい親子にしか見えないのだが、ラストのこのワンアクションによって、「やっぱりコイツらは異常なんだ」という印象を焼き付ける。この最後まで容赦のない演出も見事。 元ネタになった山形マット死事件、大津市中2いじめ自殺事件、川崎市中1男子生徒殺害事件、一度調べていただければ分かると思うが、ホントに酷い事件だ。しかし、こういった事件が露呈したときの、その周りの大人の対応もまた問題である。本作の加害者たちも、周囲の大人たちの間違った対応によって法的に“許されてしまった”がゆえに、道を大きく踏み外した。もし法的な制裁を受け、贖罪を果たしていれば、また結末は変わっていたかもしれない。