"名匠ビリー・ワイルダー監督が愛するハリウッドに愛情を込めて捧げたレクイエム 「悲愁」" この「悲愁」は、「失われた週末」「お熱いのがお好き」「アパートの鍵貸します」の名匠ビリー・ワイルダー監督による、華やかに残酷に、そして、美しく哀しくハリウッドの裏側を描く、あの「サンセット大通り」の延長線上に、「情婦」の謎解きの要素を重ねた作品です。 往年の歴史的名女優のグレタ・ガルボやマレーネ・ディートリッヒといった実在のスターを土台としたフェドーラのキャラクター、ハリウッドというアメリカ映画界の裏側を描いたミステリーとしても楽しめる、まさにビリー・ワイルダー監督の名人芸が堪能できる作品です。 映画界を引退し、エーゲ海の孤島に住む大女優。プロデューサーのバリー・デトワイラーは、この往年の大女優フェドーラを映画界にカムバックさせようと彼女の住む島へやって来ます。 しかし、彼女の周囲は、恐ろしいまでにガードされ、謎の人物が取り囲んでいます。伯爵夫人、酔いどれ医者----。 あの往年の名女優グレタ・ガルボやマレーネ・ディートリッヒがモデルになっているのは明らかです。 やっと逢う事の出来た、この大女優フェドーラは、今も輝くほどの美しさですが、整形手術のせいか、白手袋が印象深く、年の老いだけは隠せない感じです。 その後、多くの困難を乗り越え、デトワイラーの執念は実を結んだかに見えましたが、フェドーラは、とある霧の夜に、列車に身を投げて自殺してしまいます。 しかし、彼女の知り合いたちは、自殺の真相をひた隠しにしようとします----。 その時、デトワイラーは初めて彼女の手を見ました。老いの影どころか、光るような若い肌、なぜなのか? これから映画は本題へと入っていきます。現在から過去へ、更に、過去のまた過去へと----。 フラッシュバックを絢爛と使っての華麗な映画的構成、そして、どんでん返しの謎解きに、ドキドキ、ワクワクしながら画面へと引きずり込まれてしまいます。 大女優のフェドーラが「ボビー・デアフィールド」「ブラック・サンデー」のマルト・ケラー、伯爵夫人が「罪ある女」のヒルデガルド・クネフ----。 このキャストと白手袋にトリックが隠されているのです。 アカデミー協会長を「荒野の決闘」「十二人の怒れる男」のヘンリー・フォンダ、そして、プロデューサーのデトワイラーを「第十七捕虜収容所」「ワイルドバンチ」のウィリアム・ホールデンが演じていますが、このウィリアム・ホールデンの役は、まさしくビリー・ワイルダー監督の分身なのです。 映画の中で大女優のフェドーラが言います。「伝説は守らなければならない----」、これにプロデューサーのデトワイラーが答えます。「映画とはマジック・タイムだから。」 ハリウッドは、スター伝説という虚飾の輝きの中に、夢と希望と、そして人生を描き続けて来ましたが、しかし、その伝説は今にも音をたてて、崩れ落ちるほど、もろくて、はかないものなのです。 虚飾のきらめきは、光芒を引きながら消えていくものなのです。しかし、その中に残しておかなければならない、大切なものはなかったのだろうか?----と、この映画は、ビリー・ワイルダー監督が、愛するハリウッドに愛情を込めて捧げたレクイエムだったのです。 映画の本当の面白さ、楽しさというものは、大がかりな仕掛けや刺激だけじゃない、こういうものなんだよ、と実感を込めたビリー・ワイルダー監督の遺言状だったような気がします。