
星ゆたか

모리타니안
평균 3.7
2023.3.29 モハメドウ・スラヒ(1970年モーリタニア生まれ)原作。 「グアンタナモ収容所 地獄からの手記」より。 2001年9月11日アメリカ同時多発テロのリクルータ(勧誘担当者)の容疑者としてその2ヶ月後に逮捕され。 裁判も受けられないまま、ヨルダンからアフガニスタンを経て。 翌年8月拷問や虐待の横行するキューバのグアンタナモ収容所に拘束された。 その3年後2005年にニューメキシコ法律事務所所属の女性弁護士ナンシー・ホランダーと通訳の出来るテリー・ダンカン嬢らがプロボノ(公共善のため無報酬)として、人身保護請求の目的のために スラヒにまず接見する。 彼女はベトナム戦争以来。 軍法・国家安全法の専門家として、政府と闘ってきた人だそうだ。 “9.11”のあの日から諸外国からの直接的攻撃を、本土に初めて受けた米国民は。 その報復精神を政府の『正義の鉄槌』として支持したため。 700名以上をテロ関係の容疑者として逮捕、拘束し続けていた。 その多くは懸賞金目当てや、捜査の行き違いで“当てられた”人達だったらしい。 ともかくこの中の人物から、時勢の不安材料を取り除く目的(すなわち報復)を完遂させたかったのだろう。 一方政府はこのスラヒをテロ事件の死刑第一号にするべく。 スチュアート海軍中佐を検察官として、大統領命令のもと送ってきた。 この辺から映画は人権派弁護士vs.軍属検察官の裁判劇になるのかと思いきや、そうでもなさそうな展開に間もなく気づかされる。 二人とも裁判の証拠資料として。 MFR(Memorandum For Record)という。 (収容所の尋問の際の記録用の覚え書き)の閲覧が必要だったが、これは〈保護〉〈機密〉の後者で権限者以外は法令上不可能だった。 しかしナンシー弁護士の法律の条文の指摘に従い、裁判所指令で後にその内容を確認されると。 一度は自白したとされるスラフの犯行声明の実態はやむなく書かされたものだったと判明された。 「1日18時間の尋問、睡眠剥奪、水責め、苦痛姿勢20時間、暴行、照明による視覚刺激、強制的な性交、母親を襲わせるという脅迫等々」の驚愕な記述から明らかになった。 長い拷問の苦しみから解放されたいが故の偽りの自白なのだ。 こういう非人道的恥じべく実態の記録を、非公開であれ“残しておく”制度にも、驚かされ、ある意味感心しもする。 スチュアート検事は、あのテロの被害者に思い入れがあった。 それはハイジャックされた飛行機175便に副操縦士ブルース・テーラーという友人がいて、追突前にテロリストに機中で殺されたらしい。またその妻と自分の妻も看護師時代からの友人だったという関係で。 だから『絶対スラヒを死刑にする』と人一倍決めていたにも関わらず。 この結果キリスト教徒で法律家の彼は。 軍から『裏切り者!』と言われても死刑にするには、この虐待尋問自白では証拠不十分として、この案件の指令から身をひくことにするのだ。 一方ナンシー弁護士は、スラヒに真実のみの供述書を書かせ続け、裁判にも勝訴したが。犯罪者かも知れない人物を弁護することで。 一部の国民からは『テロリスト!』とも言われてしまっている。 後にスラヒに15年、(検閲に実名記述の箇所を隠蔽の為黒塗りにされた)出所前にこの手記を出版させた。 これは米国以外にも世界中で発売され ベストセラーに。 2010年にやっと裁判には勝訴した。 実に逮捕されてから9年4ヶ月ぶりの無実の証明だった。 しかしオバマ政権らは国民の声を反映させねばならぬ政権の維持のためか、さらに7年(計16年4ヶ月)拘束し続けたというではないか。 その拘束者779人の内、有罪とされたのは5人だったという。 しかしCIAも国防総省も責任を認めず謝罪もしてないとか。 実話映画らしく最後に本人映像が、わりとタップリ流される。 スラヒさんは元来聡明で明るく、信仰の厚い人間で。 18歳の時成績優秀の奨学金でドイツへ電気工学を学ぶため留学、アラビア語、仏語、独語を習得。さらに拘束された3年の間に英語も単語で覚えたと。 20歳でアルカイダに加入。アフガニスタンで訓練。この時テロ関連人物とも知り合っていて。 テロ工作の重要人物の一人、ラムジ・ヒンアルシブを知人の紹介で自宅に一泊とめた事。 それと連行の際ケイタイの全連絡先を消去した事実が、後々逮捕の焦点として尋問され続けられる。 この長期の拘束の経験について。 『アラビア語で、“自由と許し”は同じ単語です。拘束された苦しい日々を、私は許します。ですから今私は自由な気分を得ることが出来ました。』と。 母親とは(2013年に他界)生前再会できませんでしたが。 18年に米国弁護士の女性と結婚し翌年男児にも恵まれたと、明るく映像で語ってました。 ただここでも彼は出入国の制限が米国から課され、妻子を米国に残し安全に親子で住める国、住居を探している状況だとか。 この映画で語られる。 〈強大な権力を持つ組織が個人の人権を蹂躙する構図。〉 〈人権を侵害され、非人道的な扱いを受けた人間に対し、公正で誠実な対応がなされない社会〉 は残念ながら、中々なくならないし、決して他人ごとでもない。 ただ傍観者的立場で、惨劇を見た時、どうしてもそのショックで思考回路が静止してしまう。 対象に罪をあてがってしまい、その裁きを急がせてしまう傾向がある。 真実の裁定に興味を持ち、慎重に取り掛かる必要性があるのかも知れない。 主人公のスラヒ役をタハール・ラヒムさん(81年生まれ)「預言者」(09)という映画に出演。最後にご本人登場しても違和感のない類似感があった。 またナンシー弁護士を演じた、オスカー二度受賞のジョディ・フォスターさん(62年生まれ)は本作でゴールデングローブ助演女優賞受賞。 ただ本作では銀髪と赤い口紅が印象的だが。 あのオスカー受賞時の30歳前後の若々しさに比べると、さすがに口元にシワも目立つお年頃になった。 二人の私生児(98年と01年に男子)を持ち。 2014年には六歳下のアレクサンドラ・ベティソンと同性婚を発表した。 監督のケヴィン・マクドナルド(67年英国出身)さんは、「ラストキングオブスコットランド」(06)でも知られる。 祖父のエメリック・プレスバーガー氏(1902―1988)は、大好きな映画「天国への階段」(46)の監督さんだ。 また本作品のプロデューサーでありスチュアート検事を演じたのは、 ベネディクト・カンパーバッチさん(76年生まれの大人気のイギリス俳優)。 声がいいのには惚れぼれした。 国家というものは。 『物事の真実がどうであれ、誰かが代償を払わねばならない立場を押し通す存在』 ブッシュ大統領とラムズフェルト国防長官主導のイラク戦争には。 当時の英国ブレア政権が参戦したのは不当だったと、後に英国調査委員会が結論づけたという。 その意味でこの英国制作による本作品は。 英国人なりの贖罪と名誉挽回の気持ちを込めて。 この米軍の黒歴史、恥じるべく実態に光を当てた作品とも言えようか。