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星ゆたか

星ゆたか

1 year ago

3.0


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위국일기

영화 ・ 2023

평균 3.3

2025.3.22 コミック「FEEL YOUNG」で2017年から2023年まで連載されたヤマシタ·トモコ(79年大阪出身)原作漫画の映画化作品。 *題名は『違う国を生きる者たちの日記』 《日記を書く》〈物語を貫く〉〈他者との関係の中で自分の生き方を見つける〉 …それらを漫画では読者が。 そして映画では観客が《覗き見るしている》感覚の作品。 人見知り小説家35歳の叔母·高代槙生(こうだいまき)が。 突然の交通事故死で両親を失った15歳の姪·田汲朝(たくみあさ)を引き取り共同生活をし。 互いの人格の違いを意識した上で。 不寛容にならず共存する風になるまでの話。 それまでは、ほとんど接触がなかった2人(?)。 葬儀の最中“大嫌い”な姉の子だが。 親戚の身勝手な話ぶりから“タライ回し”になりそうな姪を。 自身の義侠心から(?)の勢いから『うまくいくか分からないが朝がいいというなら』と口ばしってしまう叔母の槙生。 人懐こい朝は突然の両親の死をどう受けとめていいか解らず。 ともかく親戚では一番解り合えそうな叔母と『一緒に帰りたい』と言う。 そして取り敢えず、着の身着のまま、ついていく。 槙生には父親は数年前に亡くなっていて、実母が海辺の街で元気に1人暮らししているが。 朝にとっては、将来的にも、それまでの住居環境が叔母の所が近いし。 あと3月は卒業式だけで4月からの高校進学も。 よく世間にある例なら、母方の祖母に世話になって一緒という事なのだろうが。 叔母からの方が、地理性.年齢差的“変化が少なく”てイイのであろう。 それに原作によると。 叔母·槙生はやや発達障害(1つの事に集中·閉じ籠り)の気があり。 人気小説家になるまでの経緯に 亡姉·実理(みのり)の普通の価値観から、散々“モラハラ”(『妄想に耽っていないで現実を見ろ』等)を受けてきて『大嫌い😡⚡️』という状況があったようだ。 ただ朝にとっては自我が目覚め始めた最近はともかく。 あまり不満も母親にはなく、根っからの人懐こい性格をスクスク成長させてくれた好きな存在だった。 映画では時折、彼女の身(心)辺に幻想の母親像が見え隠れして何か呟くが。 そのつど朝は『だって死んじゃったじゃないか』とクチバシル。 残念ながら父親については(映画では)一言も触れられてない。思春期の走りのこの位の少女においてはそんなものだろうか?。 槙生には小説家として成功する前から。 元·恋人であり、現在も親(心)友の瀬戸康史(88年生)扮する男性がいて。 今回も同居するにあたって法的手段の手続きをお願いする事に。 ちなみに槙生を新垣結衣(88年生)。 朝を早瀬憩(07年生)という河合優実似の撮影当時15歳の新人が演じていて。 昨年映画の有望な新星として評価されている。 また俳優では槙生の親友役の夏帆さんや。 朝の同級生役達の新人も好演している。 監督は瀬田なつき(79年大阪生)さんで。 多分この監督作品は初めて。 槙生は時折書店で出版サイン会を催せばファンが列になる人気作家で。 何年も前に出版印税で現在のマンションも購入しているが。 カタズケは苦手で室内は小説の資料関係等の書籍がたくさん、日常の身の回りの物の整理掃除が行き届いてない。 朝は母親に躾られたのか、掃除·料理もそつなくコナセルので。 その辺は互いに分け合って交替でやっていくことに。 また時にこの2人は、特に社会における人間関係適応性で、年齢差が無くなり。まるで朝の方が年上の風に見える事もある。 しかし年上の経験値からの発言等では、やはり槙生の方に理がある。 『あなたの感じ方はあなただけのもの』とか。 また、作者は朝の“素直さや善良さ”は、無神経であることと表裏一体だと述べていて。 その辺の“若さ”もキッチリと見極めてのキャラクターづくりらしい。 だから映画作品としての“若さ“の魅力は。 朝の高校になってからの。 中学からの友達に加え。 新たに別の人間が増えてくる。 小学·中学·大学と進学するという事は。 交わる人の地域性が拡がり、また色々な考え方の人間に触れるという事が増えるのだ。 学年成績一番で米留学推薦の夢を持ち、しかし女性という事で教育システムに“跳ね返される”級友”や。 楽器部のエリートで朝の作詞と中学合唱部上りの才能を認めてくれる同性の“級友”の、特に女の子達の描写などがみずみずしくて。 年配の男の私などから見ると、つい孫の世代を見るような、まぶしくてホッコリ気分で目を細めてしまう。 またその中で中学時代からの一番仲良しの子·えみりが。 同性好きな“恋人”ができ。 その辺の心情を薄暗い、誰もいない体育館の中で。 朝と2人で話し合う場面は。 原作者のヤマシタ·トモコさんがBL漫画をたくさん出している関係の“理解·寛容性”にあるのかも知れない。 原作者の本作の意図として。 『人間同士は所詮解り合えないという事を前提にして。 その上で不寛容に成らずに。 共存していくのが文化人。』があり。 その上で更に原作者が語る言葉。 これが前提にあるから、この映画は感動的なのだと思うので。最後に付け加えたい。 『「違国日記」は若い人に読んで欲しい漫画。』 『今10代として生きている人達、貴方達は守られるべき、尊重されるべき、大切にされるべき人達です。』 『あなた達が感じていることはあなた達だけのもの。それは誰にも侵す権利はない。』 『無数の可能性があなた達にはある。どこへも行けて何にでもなれる。それを大人は守る責務がある。』 『私達年長者は、若い人達に何をしてあげられるだろうか、何を残してあげられるだろうか、何を差し出してあげられるだろうか。』 『横暴な人間を見て私は衿を正す。私は力を尽くしていく責務がある。時にしんどくと思いつつ、それでも奮い立たせて明日へ向かう。生きる事は美しくこんなにも尊い‼️』