
Masatoshi

007 죽느냐 사느냐
평균 3.1
ビートルズ時代、特に最初の数年は年に2枚のアルバム製作を強いられていて、ジョン・レノンもそうでしたが、ポール・マッカートニーもコンサートの合間を縫って、常に作詞、作曲、演奏、録音に追われていたそうです。 勿論才能にも恵まれていたでしょうが、ポール・マッカートニーの場合、しなければならない状況に追い詰められるほど名曲を作ってきた印象です。 グループに隙間風が吹きそれぞれが解散を意識し始めた『ゲット・バック・セッション』の頃も逆に一人本気になっていたようにも見えました。 ただ、ソロになってから、何だろ、それまでの緊張感が解かれてしまったと言うか、方向性が自分の楽しみたい曲作りになって行ったような気がするのですよね。 それでも、周りからポールは甘い曲しか書けないと言われた途端にムキになって、ラブソングの何がいけないのって『 Silly Love Song 』みたいな名曲を作ったりする訳です。 前置きが長くなり過ぎましたが。で、それまで出す曲も上位ではあるもののビッグヒットから遠ざかっていたポールに映画主題歌の依頼が入ります。 そうなんですね。しなければならなくなると、突然スイッチが入って世界的なスゴイ曲を作ってしまうのがポール・マッカートニーなのかも。それが、この映画の主題歌『 Live and Let Die 』 でした。 映画も、心機一転007の主人公がロジャー・ムーアに変わり、ロジャー・ムーアがそれまでテレビシリーズで演じて評判の高かったサイモン・テンプラーのキャラクターそのままでジェームズ・ボンドを演じ、この作品は主題歌共々大ヒットとなりました。 それ以降、ロジャー・ムーアの007シリーズが長きに渡って続いたのはご存知の通りです。この作品当時のロジャー・ムーアの年齢は46歳でした。実はショーン・コネリーよりも3歳も歳上だったのです。でも、若々しく溌剌として見えましたね。